週刊 『近江富士拾遺物語』 第5号
こぶし2題
この週刊「近江富士」の3号と4号を、Macで見ると文章が写真に半分ほど重なって見えるそうです。知人のM氏から教えていただきました。1,2号は大丈夫だそうです。2号が終わった時点で、若干レイアウトを変更したことは事実ですが、それで見え方が大きく変わるとすれば難儀ですね。A社製でもB社製でも、都はるみの歌はどのプレーヤーで聞いても都はるみ、当たり前の話です。ところがコンピュータの世界では、たとえばの話、A社製でははるみちゃんのコブシが聞こえるが、B社製では聞こえないというのだから困ったものです。どうしてこんなことが起こるのでしょうね。「わかっちゃいるけど、やめられない……」。コブシを振り上げるばかりが能じゃない。勇気をコブして今週はコブシ2題。Macで見てくださっている方ごめんなさい。
(八田正文)
(八田正文)
コブシA希望が丘から花緑公園へ抜ける道路を走っていて、森林センターの横にコブシが咲いているのに気がついた。と書けば格好がいいが、実は植物オンチの私には、コブシとモクレンの区別がつかない。さてどっちなんだろう。名前が分からなければ写真に撮っても意味がないなと、近寄ってみると学習用のプレートがあって、「コブシ」、実の形が子供の握りこぶしに似ているところからこの名前が付いたという。はい、勉強になりました。植物園のネームプレートは、写真を撮る立場からは邪魔になるのだが、今回ばかりはありがたかった。
それにしても植物園というところは、どうしてむやみやたらと木を植えるのだろう。木のない植物園では話にならないのは分かるが、もうちょっと絵になる植え方ができないものか。ここで絵を作ろうとすれば、結局はこのような頂上をアップする以外に手はない。 撮影場所地図
070331A コブシA
方位:048.7度/距離: 0.9Km
野洲市北桜/2007.03.28
コブシB同じ道、今度はチラッと何かの花が残像として残った。気になって歩いて戻ってみた。ない。おかしいな狐につままれたかと振り返ると、20mほど後ろに咲いていた。ピンクのコブシだった。その横を歩きながら気がつかずに通り過ぎていたのである。大きな木の陰になって、ある方向からだけしか見えない、それも花が咲いていなければ絶対に意識することのない小さい木だった。
場所は、森林センターから里の家へわたる陸橋の近く、桜池のほうへ下りの途中である。高さ2m余りのひょろひょろとした木だから、周りの樹木に邪魔されて絵にならない。結局これも上と同じように、花に近寄って頂上と合わすのが精一杯だった。この木がいつか、他を圧する古武士!になる日が来るのだろうか。撮影場所地図
070331B コブシB
方位:054.4度/距離: 0.8Km
野洲市北桜/2007.03.28
週刊 『近江富士拾遺物語』 第4号
ああ残念!
ここ10日ほど、厳しい寒の戻りがありましたが、暑さ寒さも彼岸まで、やっと春らしい暖かさになりました。昨日はラフォーレ琵琶湖のカメラウォーク、約半年ぶりの懐かしい人たちと、最南端を歩いてきました。暖かくなったからと油断をしていたら、上空に寒気が入り込んだとかで、昼前後から風が冷たくなり、この時期の琵琶湖の怖さを感じました。ウォークのレポートもご覧下さい。
トレトレ写真は守山市新庄町、旧野洲川北流跡の菜の花畑です。(八田正文)
トレトレ写真は守山市新庄町、旧野洲川北流跡の菜の花畑です。(八田正文)
ナノハナ守山市新庄町の旧野洲川北流跡地。このあたりはほとんど平坦化されてしまって、予備知識を持っていなければ、かつての河川跡だということに気がつかないくらいになってしまった。しかし、GoogleMapで航空写真に切り替えてみると、歴然とした痕跡を見ることができる。
年によっては、『近江富士まんだら』の写真のように、この広大な跡地一面がナノハナで埋め尽くされるので、今年は如何と期待して行ってみたが、残念、下の写真のようにこぢんまりと咲いているだけだった。ああ残念!。
そして、その向こうにダンプカーが出入りして、盛んに土を運び込んでいる。また何かが始まる気配である。撮影場所地図

070324A ナノハナ
方位:329.5度/距離: 6.2Km
守山市新庄町/2007.03.19
ウメナノハナのすぐ近く、果樹園のすみに植わっているウメの木である。枝振りも見事で文句なし。しかし、喜びもそこまで。すぐ目の前を横切っている道路のガードレールがどうしようもない。
左下の写真のように、少し後退してカメラを下げると隠せないこともないが、それをやると、せっかくのウメの存在感が薄れてしまう。ああ残念!。
航空写真では、この場所はかつての川の外側であったことが分かる。ガードレールの道が堤防の跡なのであろう。。撮影場所地図

070324B ウメ
方位:329.4度/距離: 6.2Km
守山市新庄町/2007.03.19
週刊 『近江富士拾遺物語』 第3号
菜の花や 東に三上 西に比良
強い冬型の気圧配置が続いています。北日本では雪だとか。よその国の話だと思っていたら、なんのなんの今日(3月14日)、比良山の上半分が白くなっていました。昨日、おとといに降ったのでしょう。先週号で「比良山系には人工スキー場以外雪はなく」と書いたのが嘘のようです。これ幸いと、この間から目をつけていた幸津川(さづかわ)の菜の花畑に行ってみました。有名な湖岸道路沿いのなぎさ公園は比良山側しか絵になりませんが、ここは北海道を思わすような広い田圃の中です。東には三上山が見えます。菜の花や東に三上、西に比良。空にはヒバリ。人は誰もいません。贅沢なひとときでした。(八田正文)
東に三上現場は守山市幸津川、市環境センター、市民プール、市ばら菖蒲園などの北側の田園地帯である。野洲川にかかる天満大橋(R477と湖岸道路との間の橋)につながる農道と、その琵琶湖側の農道との間に、菜の花が植わっている。両農道間の距離は100m以上はあろうから、結構広い感じがする。この写真は琵琶湖側の農道から東を向いて三上山を撮ったものである。遠くの電柱さえなければそこそこの作品になる場所なのにと残念である。
三上山は雄山と雌山が並ぶのを真横から見ている形になる。注意して見ていただかなければ分かりにくいが、雄山と雌山との間に菩提寺山の頂上がわずかに見えている。三上山から左に続く小高い丘陵は妙光寺山である。。撮影場所地図
070317B 東に三上
方位:319.4度/距離: 8.9Km
守山市幸津川/2007.03.14
西に比良R477側(天満大橋から続く)の農道に移動して振り返ると、比良山が高い。雲が多くて、新雪に青空というわけには行かなかったが、安曇野から見上げる常念岳を思わす風貌である。どこに三上山が写っているのかといわれそうだが、申し訳ない。この写真に三上山を入れようとすれば、車のバックミラーか何かの中に入れる以外に手はない。
その昔、三上山を撮りだしたころから、雪の比良山は気になった。比良と三上を並べるにはどうすればいいのか。これが分かるまで2,3年はかかった。初めてそれが撮れたときにはうれしかった。 「雪の比良」である。野洲川の甲西橋から撮ったものだが、比良山はまだ小さかった。もっと大きな、高い比良山を撮りたかった。それが「明ける比良」である。気がついたら20年たっていた。遅々たるものである。
それにしても、「雪の比良」のような雪は、ここのところ見た記憶はない。撮影場所地図
070317A 西に比良
方位:319.7度/距離: 8.8Km
守山市幸津川/2007.03.14
週刊 『近江富士拾遺物語』 第2号
梅がいま盛りです。
今週の初め、3月5日(月)に冬型の気圧配置が強まり、季節の進行が止まった感じでしたが、今日(3月9日)は、やっと好天になりました。伊吹山や霊仙山、箱館山など湖北の山々には先日の雪が残っていますが、比良山系には人工スキー場以外雪はなく、ちょっと歩くと汗ばむくらい。やはり寒さは長続きしないようです。そんな陽気の中で梅がいま盛りです。(八田正文)
野洲市北桜と南桜をつなぐ南北桜橋。そのそばにカルゲン関西という有機肥料の会社がある。その敷地の周囲の斜面に一本の梅の木が生えている。竹藪の横にひっそりと立っており、花が咲いてやっとその存在が分かるような状態だが、私としては懐かしい場所である。私が三上山の写真を撮りだした1970年代後半のころは、大山川がいまのように直線化されておらず、現在のさくら墓園の外側を大きく蛇行しており、いまのカルゲン関西の敷地から南北桜橋のあたりにかけてこぢんまりとした梅園があった。
写真集『四季近江富士』に収録した「春の宵」はその梅林からの撮影である。今回撮影した木が当時のものであるか否かは確かめるすべもないが、この姿を見るとき、その昔ここに梅林があったことへの、生き証人にに見えてくる。撮影場所地図
070310A 梅の香A
方位:145.5度/距離: 1.5Km
野洲市南桜/2007.03.09
希望が丘から野洲図書館の前を通って、JR電車基地をアンダークロス、旧中主町の方へ向かう。湖南病院を過ぎると広々とした田圃が広がってくる。その広い田圃の畦道に何本かの木が生えている。これも普通の季節に、県道を無意識に走っていたのでは、ほとんど気がつかない。いまの季節、花が咲いて初めてそれと気がつく程度のものである。今回の場合は、県道から100mほど離れたところに3本並んで咲いていた。近くの農道へ入って、写真になるかどうかを確かめる。最後はそこへ近づける畦道があるかどうかが勝負の分かれ目である。
大きなビニールハウスがあり、その向こうに電柱もあって必ずしも最高のポイントではなかったが、この近辺としては、これ以上無理は言えないところである。ハウスの向こうの横に長い山は妙光寺山である。撮影場所地図
070310B 梅の香B
方位:336.7度/距離: 5.1Km
野洲市八夫/2007.03.09
週刊 『近江富士拾遺物語』 第1号
昨日(2月28日)、名古屋からのツアー客90数名のお供をして、琵琶湖畔を歩いてきました。鮎家の郷から長命寺まで、約13Km、時間にして3時間あまりの行程でした。もともと風が強かったのですが、歩き出した直後から傘もさせない烈風に氷雨が加わりました。自分の自由意志なら絶対に歩かない状況でした。そんな悪条件の中、みな黙々と歩きました。遠いところから来たのだから、無理をしてでも歩かなければ仕方がないという思いでしょう。幸い全員元気で完歩、何事もなく終わりました。湖岸歩きでまさか命に関わることはありませんが、これがもし雪山だったらと考えると、遭難の最初のきっかけをかいま見たような気がしました。
そして一日明けた今日(3月1日)、昨日の突撃ウォークがうそのような快晴、比良山も頂上部が冠雪、久しぶりの冬景色でしたが、この写真を撮って帰るころ、昼前にはほとんど消えていました。
さて、週刊『近江富士拾遺物語』第1号です。文字通り近江富士についての「補遺・拾遺」の意味ですが、内容はそんなたいしたものではなく、「周囲」物語ぐらいとご理解下さい。いつまで続くかは神様しか分かりません。思い出されたときにご覧下されば幸いです。
(八田正文)
そして一日明けた今日(3月1日)、昨日の突撃ウォークがうそのような快晴、比良山も頂上部が冠雪、久しぶりの冬景色でしたが、この写真を撮って帰るころ、昼前にはほとんど消えていました。
さて、週刊『近江富士拾遺物語』第1号です。文字通り近江富士についての「補遺・拾遺」の意味ですが、内容はそんなたいしたものではなく、「周囲」物語ぐらいとご理解下さい。いつまで続くかは神様しか分かりません。思い出されたときにご覧下されば幸いです。
(八田正文)
3月から「週刊で」と予告をしましたが、もとよりしっかりした目的・方針があってのことではありません。発行日は迫ってくるので何とかしなければと、北桜から花緑公園あたりを歩いてみました。……と、ありました、ありました。フキノトウが。それも双子のように2つ並んで。一見すると堤防に自然に生えているように見えますが、そうではありません。広い田圃の片隅に、タタミ半畳にも満たない畠があって、どなたかが、慈しんで育だてておられるという感じです。30年間三上山の写真を撮って来ましたが、この近辺でフキノトウを見ることはありませんでした。ましてや、それとあわせて撮れたのはこれがもちろん初めて。「補遺」の第一作としては、まあまあというところでしょうか。
現場地図を載せるべきか否か迷いましたが、思い切って載せました。現地へ行かれても畠を荒らさないでください。撮影場所地図
070303B ふきのとう
方位:120.6度/距離: 1.1Km
野洲市北桜/2007.03.01
スズカケは花緑公園ふるさと館の近くにあったものです。雲一つない早春の青空に、鋭く交差する枝々が印象的でした。山に近く、広角で仰ぎみる形になるため、写真的にはしんどい材料ですが、何本か並んでいるうち、この一本がいちばん山とマッチしました。その昔、灰田勝彦がうたった「鈴懸の径」という歌がありました。佐伯孝夫の作詞で、曲が灰田有紀彦。
友と語らん 鈴懸の径
通いなれたる 学舎の街
優しの小鈴 葉かげに鳴れば
夢はかえるよ 鈴懸の径
私はこの歌詞について、今のいままで、「葉かげになれば」だと思いこんでいました。おかしな言葉だなとは思いつつも、そういう表現もあるのかと。いまはやりの「…になります」の先駆者ぐらいに思っていました。「葉かげに鳴れば」なら理屈は合います。イヤハヤお恥ずかしい限りです。撮影場所地図
070303A すずかけ
方位:047.0度/距離: 0.9Km
野洲市北桜/2007.03.01


