あ
■大津市本堅田。浮御堂の夜景。満月を一緒にと狙いをつけていったが、このような句もろい空。結局月は出なかった。太陽なら、明日もう一度というチャンスがあるのだが、月はそういうわけには行かない。次の満月は大きく位置を変える。ここからの満月を考えると、来年まで待たねばならない。■ 穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真--------

078.錦秋の穂高・2(1962年10月)
1962(昭和37)年9月30日(日)、平湯まで奥穂高山荘まで・1。
朝5時少し前に目を覚ます。そっと障子を開けてみる。外はまだ薄暗いがどうやら天気はよさそう。寒い。あまり早く起きても仕方ないと、もう一度布団に潜り込む。
5時40分。もう一度掃除を明けてみる。前山に陽が当たって、雲は全くなし。ただ寒い。
7時、平湯温泉発。安房峠声のバスは初めてである。まだ陽の当たらない西側の斜面を折れ曲がって登っていく。平湯の谷を隔てた向こう側、乗鞍岳の南端あたりが、もう紅く色づいた木々を朝日に輝かせている。
30分ばかりで、安房峠に出る。突然、穂高が頂上付近をガスに巻かれて現れる。以外の高さである。かくも大きな山だったかと、驚きの声を挙げる。
それもつかの間、バスは中ノ湯に向かって標高を下げる。何度も何度も折れ曲がりながら、中ノ湯に着く。釜トンネル一方通行のため15分待ち。外へ出てみると寒い。温度計で測ってみると、5℃を示す。芦がじーんと冷えてくる。全くの冬である。
釜トンネルを抜けると、焼けが迎えてくれる。6月の大爆発で、長女付近が白っぽく煮える。あの見慣れた赤茶けた焼とは様子が違う。
大正池。穂高のガスはきれいに晴れて、その全貌を池面に映す。何回か通った湖畔だが、今朝の景観はすばらしかった。
8時40分。上高地着。落葉松の向こうの穂高が圧倒的に迫ってくる。きょうの行程は長い、あまりゆっくりもしていられない。早速歩き出す。
8時50分、河童橋。奥穂高胸壁の岩ひだが、克明に照らし出されている。記念撮影だけして、すぐに徳沢に向かう。小梨平にはテントもなく、人影も少ない。
刻々と代わり行く穂高の姿を、落葉松の間に見上げながら、涼しい山間の道を行く。穂高があとに去り、行く手に明神岳の奇怪な岩峰を見上げるようになると、明神間の前に出る。9時35分。
白沢が右から流れ込んでくるところが、徳本峠への分岐点。その指道標を見て、「徳本を超えようか」と話し合っている4人組がいる。
少し行くと、梓の川原の向こうに、例のK2を思わすピラミッド状の常念岳が姿を見せる。
徳沢園。夏はほこりっぽいテント場も、きょうはしっとりと濡れて落ち着いた雰囲気を醸し出している。見上げる前穂の岩峰がすばらしい。雲全くなく、本当に明るい山岳風景。20分ほど休んで出発。
新村橋を渡って、右岸へでる。広くて坦々とした左岸と違って、かなりの上り下りがあり、道も細く歩きにくい。こりゃしまったなと思う。それでも11時40分、横尾谷との出会いにつく。そこで昼食。
屏風岩が眼前に聳え、ススキの穂がゆっくりと揺れる。屏風は逆光で黒く、ススキの穂は光を受けて白く光る。そのコントラストの美しいこと。山はまさに秋である。振り返れば、前穂北稜が不気味なまでの上下を繰り返し手、屏風岩に達している。
横尾谷の原始林の中をゆっくり登っていく。屏風が左へ逃げて行くと、その間を埋めるように南岳が現れてくる。槍と穂高にはさまれて、不遇な山だが、ここから見るとまた違った力のある山である。
道がさらに左へ曲がると、南岳から大きく標高を下げる大キレットが見えてくる。
横尾本谷丸木橋。大勢の人が休んでいた。丸木橋と昔のままの名前だが、コンクリートの橋桁に、しっかりとした木の橋が架かっていた。一昨年来たときには、誰一人としていず、雨の中をただ一人渡ったのし、きょうは光に満ちて、人に満ちている。
涸沢への登りはここから始まる。ひととき前穂を正面に見て登っていくが、北補東稜を右に巻くと奥穂・涸沢岳も姿をkみせ、白出沢乗越には奥穂高山荘の姿も小さく見えるようになる。
時刻は3時に近い。空は底抜けに青く、雲は見ようとしても見つからない。涸沢ヒュッテ3時15分。この後、奥穂高山荘まで約2時間。頑張ろう。
早くも太陽は奥穂の向こうに隠れようとし、もう半時間もしないうちに、夕方になりそうだった。西側の斜面が太陽に照らされているのであろう。白出沢乗越のあたりから、あたかも上昇気流に乗るように、薄い白いガスが現れるが、それさえもすぐに消え去って、あとは青空のみが残る。きょうは夕焼けが美しいかも知れない。それまでに何とかして乗越まで登り切りたいと思う。
陽が陰ってきたのは、涸沢小屋下のキャンプ場を横切っているときだった。空気の透明な山で、いったん陽が陰ると、ヲれはもう全くの夕闇であった。北穂や前穂、それに向かい側の常念などは、まだ思う存分陽をうけているというのに、このカールのそこは、夕闇が迫ってきていた。岩は急激に冷えていった。腰を下ろせば冷たかった。
灌木対を少し行って、涸沢ヒュッテを後ろに見下ろすようになると、岩の堆積するカールの斜面に出る。道は近いように見えて長かった。いったん、北穂のほうへ向いて登りだした道は、途中で折り返して、斜面をトラバース気味に登りながら、ザイテングラードの下部に取り付く。
先程まで陽をうけて輝いていた屏風の頭も、いつしか陰って、ひとり前穂のみが、特徴のある三峯を夕日に輝かせている。気温も下がり、足下がぐんぐん冷え込んでくる。
白出沢乗越、5時17分。すばらしかった。本当にすばらしかった。それ以外に表現方法がなかった。白雲が眼下に沈み、近くに笠、遠くに白山。その向こうに真っ赤な太陽が沈んでいく。初めて見るこの壮大な落日。これだけで、この2日間の山旅の値打ちはあったというもの。西から吹いてくる風は寒かった。しかし、だからといって、小屋にはいるにはあまりにももったいない。太陽の下端が雲海に接し、半円となり、わずかな点となり、そして、すべてが雲海の彼方に没していった。まさに完全無比のすばらしい落日であった。山をやり始めて7年。初めて見る完全な落日だった。
■近江富士写真展開催中 花緑公園ふるさと館内ギャラリー兼休憩室
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■デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■写真ステージ 「近江富士」 HP
野洲川中洲大橋から
週刊 『近江富士拾遺物語』 第22号
7月24日(火)、近畿地方の梅雨が明けたらしいと発表されました。しかし、日本海の高気圧に覆われ、梅雨前線は南下して消滅とか。不思議な梅雨明けですね。おかげで空は透明、空気は乾いて気持ちいい。今年の夏はこの後どう推移していくのでしょう。
この夏は、野洲川にかかる橋から見た三上山をたどることにしました。まずは手始めに、最下流の中洲大橋から。
歩いて琵琶湖10周の道本裕忠さんが、。『琵琶湖逍遥』 をUPされました。15年前にリハビリをかねて始められたもので、現在10週目を歩いておられます。ぜひご覧下さい。(八田正文)
この夏は、野洲川にかかる橋から見た三上山をたどることにしました。まずは手始めに、最下流の中洲大橋から。
歩いて琵琶湖10周の道本裕忠さんが、。『琵琶湖逍遥』 をUPされました。15年前にリハビリをかねて始められたもので、現在10週目を歩いておられます。ぜひご覧下さい。(八田正文)
野洲川の橋シリーズ第1回 「中洲大橋から・1」湖岸道路の橋です。私の場合、三上山を撮るという条件がありますから、上流川に立っていますが、下流川に立てば、すぐ目の前が琵琶湖というところです。全長340mほどの橋ですが、撮影した場所はそのほぼ中央、若干草津寄りというところです。画面右下の樹木は、中洲に生えた木々です。三上山の右下に大きな縦長三角形の木が見えますが、これが、中洲小学校の校庭に立っているメタセコイヤです。年末になると、大きなクリスマスツリーになるので有名です。撮影場所地図
070728A 中洲大橋から・1
方位:324.0 度/距離:9.9Km
守山市幸津川町/2007.07.24
週刊 『近江富士』 撮影地点INDEX 写真ステージ 「近江富士」 HP
野洲川の橋シリーズ第1回 「中洲大橋から・2」野洲川右岸堤防上から見た三上山です。上に比べて、山が小さく、遠ざかったように見えますが、レンズの長さの違いによるものです。上の橋上から見たのは、ちょっと長めのレンズ、こちらは逆にワイド気味のレンズです。肉眼の感覚では、下の短めに近いかもしれません。欄外下の写真は、中洲大橋の現況です。ひっきりなしに車が通ります。撮影場所地図
070728B 中洲大橋から・2
方位:325.0 度/距離:9.9Km
守山市小浜町/2007.07.24
梅雨の晴れ間
週刊 『近江富士拾遺物語』 第21号
京都の祇園祭も終わって、ぼちぼち梅雨明けが気になるころになりました。7月18日(火)雲の多い一日でしたが、午後になって晴れ間が見えだし、3時過ぎには気持ちのいい晴天になりました。とくに南東の空がすばらしく、三上山の北西側に回ってみました。撮影場所は野洲市八夫(「やぶ」と読みます)、湖南病院の近くです。
歩いて琵琶湖10周の道本裕忠さんが、。『琵琶湖逍遥』 をUPされました。15年前にリハビリをかねて始められたもので、現在10週目を歩いておられます。ぜひご覧下さい。(八田正文)
歩いて琵琶湖10周の道本裕忠さんが、。『琵琶湖逍遥』 をUPされました。15年前にリハビリをかねて始められたもので、現在10週目を歩いておられます。ぜひご覧下さい。(八田正文)
梅雨の晴れ間1野洲から旧中主町へ向かう県道151号を走ると、比江あたりで、田圃の向こうに湖南病院の建物が見えてきます。これはその湖南病院の南側の道路からです。肉眼で見ると野洲市街の建物が見えるのですが、田圃の畦に立つ木で隠しています。漠然と見ていると、写っている山全体が三上山に見えますが、手前に妙光寺山が横たわり、その向こうに三上山が顔を見せているのです。撮影場所地図
070721A 梅雨の晴れ間 1
方位:341.3 度/距離:4.4Km
野洲市八夫/2007.07.18
週刊 『近江富士』 撮影地点INDEX 写真ステージ 「近江富士」 HP
梅雨の晴れ間2湖南病院の横から三上山に対して右へ移動しました。その結果、手前にある妙光寺山が左へ移動し、三上山の右半分が見えてきました。写真を拡大すると、その様子がご覧いただけます。イネが青々と成長しています。後1月あまりで稲刈りが始まります。三上山雌山の右に見えている遠方の山は金勝山(こんぜやま)です。このあと夕方まで晴れていましたが、19日からまた元の梅雨空に戻りました。20日現在、まだ梅雨は明けていません。撮影場所地図
070721B 梅雨の晴れ間 2
方位:335.7 度/距離:4.6Km
野洲市八夫/2007.07.18
雨上がり
週刊 『近江富士拾遺物語』 第20号
篠つく雨とはあのような雨を言うのでしょうか。7月12日(木)、傘を差していてもおそらくものの役にも立つまいと思わせるような雨が降っては止み、降っては止みを繰り返しています。九州では、あのような雨が何時間も続いているのでしょう。幸い当地では激しい雨は長続きせず、30分足らずで小振りになるので助かっています。
もう今日あたりに撮っておかないと土曜日のアップには間に合いません。雨のあい間を狙って三上へ出かけました。困ったときの三上頼り、このようなときに助かります。
歩いて琵琶湖10周の道本裕忠さんが、。『琵琶湖逍遥』 をUPされました。15年前にリハビリをかねて始められたもので、現在10週目を歩いておられます。ぜひご覧下さい。(八田正文)
もう今日あたりに撮っておかないと土曜日のアップには間に合いません。雨のあい間を狙って三上へ出かけました。困ったときの三上頼り、このようなときに助かります。
歩いて琵琶湖10周の道本裕忠さんが、。『琵琶湖逍遥』 をUPされました。15年前にリハビリをかねて始められたもので、現在10週目を歩いておられます。ぜひご覧下さい。(八田正文)
雨上がり激しい雨がざっと来て、それが上がったところです。雲が山の斜面を昇っていきます。これは雨上がりの後、10分から20分までが勝負です。農道のそばにアジサイがまだ咲いていました。この前この花を探し回ったときには気が付かなかったところです。さすが時期的にちょっと遅いなという感じですが、その代わりイネが成長して、一面グリーンの絨毯です。遠くの家並みが三上の集落、その右が御上神社の森です。撮影場所地図
070714A 雨上がり
方位:279.9 度/距離:1.5Km
野洲市三上/2007.07.12
降り来る上の写真を撮っている間に、少し明るくなってきたのですが、頂上がしっかり姿を現すことなく、また暗くなってきました。と見る間に菩提寺山のほう(この画面で右奧の方)から、雨がやって来るのが見えます。見る見る山が雨にけぶっていきます。ディスプレーの4倍ぐらいの画像にすると、雨粒の流れが見えるのですが。ここではそこまでの画像は無理なのが残念です。撮影場所地図
070714B 降り来る
方位:275.3度/距離:1.4Km
野洲市三上/2007.07.12
瀕死のネム
週刊 『近江富士拾遺物語』 第19号
7月になると合歓の花が気になり出します。以前はこの近くでよく見かけたのですが、最近は余り目立たなくなりました。そんな中で、野洲から湖南市サイドタウンへ向かうバス道の名神沿いのところで、ほぼ等間隔に生えていたのか植えられていたのか、数年前まで、この時期に可憐な花を咲かせていました。気にはなりつつ一度もカメラに収めたことはなく、7月7日号はここの合歓の花と予定を立てていました。7月5日、雲間からの太陽をたよりに現地に行ってみました。すると…?。
一度ざっと走って見た程度ではネムの花らしきものはほとんど見えません。場所は野洲市南桜さくら墓園の近く、大山川沿いのバス道です。きっちりした記憶がありますから間違うはずはありりません。おかしいなと思いつつ、もう一度走りおして、やっと見つかりました。辺り一面の蔓草の中で、苦しそうに、まさに瀕死のネムの木という姿で咲いていました。そう思って見直して見ると、ほぼ等間隔に蔓草に絡まれて立っている木の姿はどうやらネムの木らしいのです。この蔓草を取り除き、若々しかった木々にに花を咲かせると、かつての状況に戻ります。撮影場所地図070707A 瀕死のネムA
方位:134.8 度/距離:1.6Km
野洲市南桜/2007.07.05
これはその中で、かろうじて蔓草の侵略に耐えて、何とか木の姿をとどめている一本です。いうまでもなくネムの花は、葉っぱの上に咲きます。花を撮るためには、木の上から撮りたいのですが、普通は無理な話です。ところがこの木は、道路より一段低い大山川の岸に生えており、部分的にはほぼ目の高さに花があります。若いときはもってこいの条件だったと思われます。よく見ると、この木も下半分以上が蔓草に巻き付かれています。その姿を見るにつけ、もっと元気なときに撮っておいてやりたかった。そんな思いひとしおでした。撮影場所地図070707B 瀕死のネムB
方位:129.9 度/距離:1.7Km
野洲市南桜/2007.07.05


