稲荷大橋から・補遺編
週刊 『近江富士拾遺物語』 臨時増刊号
前号「稲荷大橋から」の補遺編です。「近江太郎」とよばれた暴れ川野洲川。その野洲川が大きくターンしていた魔の場所、それがいまの稲荷大橋のすぐ東の地点でした。この辺り、かつての川はほとんど平坦化されてしまいましたが、この稲荷神社周辺に旧堤防跡がわずかに残っています。(八田正文)
■稲荷神社横の案内板に付されている地図です。野洲川歴史公園の赤い文字に重なってS字形に蛇行しているのが旧野洲川北流跡です。案内板には「U字形に向きを変える」と表現されていますが、まさにその通りです。増水時、人々がいかに恐怖におののいたか、想像に難くありません。
■雛鶴稲荷神社です。いまからおよそ 250年ほど前に、堤防の守護祈願のために建てられたと伝えられています。野洲川歴史公園整備に伴い2005年に本殿覆屋・拝殿が改修されました。写真、杉の木の向こうに見える土手が、旧野洲川北流堤防跡だといいます。
■サッカー場です。その昔、恐怖の野洲川の中心点だった場所に作られているわけですが、いまでは、いつもこのように少年たちの元気な声が響いています。うらやましいかぎりです。写っているのは人工芝ですが、天然芝のコートもあり、まさにサッカー天国です。右上に見えるのが稲荷神社です。
■西側(左岸)堤防から見た稲荷大橋と稲荷神社の森です。この森の向こうがサッカー場。
■橋上から下流を見たところです。雲がかかっているのは比良山です。このような雲のかかり方は、夏というよりは、晩秋から初冬にかけての感じで、信州小諸あたりから見る浅間山や千曲川を想起させます。比良山手前に琵琶湖が横たわっているわけですが、ここからは見えません。週刊 『近江富士』 撮影地点INDEX 写真ステージ 「近江富士」 HP


