冬野・近江富士
週刊「近江富士」
■かつての北桜、冬の田園風景です。いまは圃場整備され、周囲を自転車道が走っていますが、とうじはこのような雑木林が所々になこっていました。雨上がりの冬の夕方、わき上がる白雲と、西に傾いた太陽からのオレンジ色の光が印象的でした。
■むかし語り音楽夜話・5
--------わたしの迷曲100選(軍歌からベートーベンまで)--------
5.『琵琶湖哀歌』・・・・遠くかすむは 彦根城
作詞:奥野椰子夫、作曲:菊地博 昭和16年
遠くかすむは 彦根城
波に暮れゆく 竹生島
三井の晩鐘 音絶えて
なにすすり泣く 浜千鳥
抒情歌をもう一つ。生まれたときから軍歌漬で育った私が、軍歌以外の曲を、流行したその時点でリアルタイムに聞いた最初の歌である。この歌を聞くと、白いエプロンを着て、家事をしながらこの歌を歌っている母の姿を思い出す。それも1番ではなしに、「瀬田の唐橋こぎぬけて・・・」という2番の冒頭である。
この詩に詠われた旧制第四高等学校(現在の金沢大学)のボート部員の遭難事故が昭和16年4月6日、母が死んだのが昭和18年7月、晩年は歌など歌える状態ではなかったから、私の記憶にある姿はおそらく、この歌がはやりだした16年末から17年初頭のころであろう。
昭和45年、滋賀県へ引っ越して『琵琶湖周航の歌』を初めて聞いた。それまで、琵琶湖周航の歌というのがあることは知っていたが、琵琶湖哀歌の別名だと思っていた。へー?別の歌だったのかと驚いた。
いまでも、周航の歌をうたうと、
「われは湖の子 さすらいの 旅にしあれば しみじみと・・・」の後、かならず「三井の晩鐘 音絶えて・・・」とつながってしまう。難儀なことである。
逆に哀歌から周航の歌につながることは、ない。不思議である。
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