風渡る
週刊「近江富士」
■これも野洲川放水路流水間なしのころの写真です。橋の上から撮っていますので、川幅一面に水が広がって流れているのがよくわかります。画面左下、岸辺近くが凍っています。川の中程に黒い中洲が見えますが、その右側手前までは風によるさざ波です。中洲の奥白く光っているのは大部分は凍っているところです。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの迷曲100選(軍歌からベートーベンまで)--------
8.『燃ゆる大空』・・・・燃ゆる大空気流だ雲だ
作詞:佐藤惣之助、作曲:山田耕筰
燃ゆる大空気流だ雲だ あがるぞ翔るぞ迅風の如く
爆音正しく高度を持して 輝くつばさよ光華と勢え
航空日本空ゆくわれら
この曲も山田耕筰の作曲である。アッツ島玉砕と違ってまだ救われる。「モユルオーオーゾオーーラ」、と小学生もよく歌った。しかし考えてみれば、クラシック界の大御所もこういう曲を作りたくて作ったわけでもないだろう。作らなければならない時代だったんだなと思う。
作詞が佐藤惣之助。わが阪神タイガース『六甲おろし』の作詞家である。「・・・蒼天翔ける日輪の・・」、難しいんだなー、この人がこうゆ曲を書けば。燃ゆる大空・・まではいいとして、その後小学生に分かったとは思えないのだが、そこはそれ、耳学問で。
歌詞が難しいからという理由で、いい曲が教科書からはずされていくが、あれは間違い。それが証拠に、あの難しい六甲おろしを、甲子園では小学生が「テツワンキョーダ、イクチタービ」と歌っているではないか。この外国語のような歌詞が「鉄腕強打幾千度」とつながっている子供はたぶんいないだろう。耳学問でいい。必ずあの子たちは、鍛え抜かれたタイガースファンになる。
脱線した。脱線ついでにもう一つ。戦後入学した旧制の大谷中学校の校歌が北原白秋作詞、山田耕筰作曲だった。びっくりした。小学校の教科書で何べんも見た名前がそこにあったのだから。すごい校歌だと思った。
その後、映画『ここに泉あり』で、山田耕筰本人が画面に現れてまた驚いた。群馬交響楽団の練習場に、旅行の途中で立ち寄ったというとってつけたような設定だった。まだ冷房もない時代、団員たちがシャツ一枚で練習しているところへ激励に現れるのである。モノクロの映画で、団員たちの白いシャツと、山田耕筰のはげ上がった頭が妙に白かったのが印象に残っている。
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