懐かしの三上
週刊「近江富士」
■約30年前の三上。川沿いの農道に生えていた2本の木。雪晴れの朝、地面すれすれのローアングルでカメラを上に向けた。元々多少左側に倒れるように生えていた木だが、それがさらに強調された。太陽を木のはでかくしたつもりだったが、ばっちりゴーストが入ってしまった。■むかし語り音楽夜話
--------わたしの迷曲100選(軍歌からベートーベンまで)--------
16.リンゴの歌』 -----あんまり有名すぎて・・・------
作詞 サトウハチロー 作曲 万城目正 昭和20年
赤いリンゴに 口びるよせて
だまってみている 青い空
リンゴはなんにも いわないけれど
リンゴの気持ちは よくわかる
リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ
あまりにも有名すぎて、ここに取り上げるのも気が引けるのだが、避けて通るわけにも行かないし・・・。それにしても不思議な歌である。昭和20年の秋に発表された何とかいう松竹映画の主題歌だという。映画というものは一月や二月で作れるものなのか。これがまず第1の不思議。その映画を見に行く人がいたのだろうか。仮にいたとして、どういう人が見に行ったのか。食うや食わずで、明日の命も明朝起きてみなければ分からないというときに、である。これが第2の不思議。
歌詞の訳の分からないこと。よくよく考えると、軍歌も訳の分からないものだったが、この歌もそれに輪をかけた・・・とはいわないが、それに負けず劣らずのわからなさ。昨日の「恭三さん・・・」のわからなさと方向が逆向きだけで訳のわからなさの絶対値は同じである。これが第3の不思議。
そして最後の不思議は、この歌がはやったメカニズムの不思議さ。レコードが売れたといっても、あのぐるぐるとゼンマイを巻いて、一回ごとに針をつけ換える、あの蓄音機。私たちの町内に何台あったんだろう。ラジオが、一日中リンゴの歌をやっていたわけでもない。にもかかわらず、あの流行は?。とにかく不思議である。
私は、今はやっている歌が分からない。そういう状態になって何10年になる。TVもあるし、ラジカセもあるしといえば、今頃ラジカセで聞いたはるんですか、といわれそうだが、少なくとも昭和20年の状態の何倍、いや何100倍の情報量の中にいる。それでいて、今はやっている歌は分からない。昭和20年のあの爆発的な流行のメカニズムは・・・本当に何だったのか。不思議である。
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