「近江富士」かわら版

近江富士、四季の風景 ■「穂高から三上山まで」---わたしの山と写真---連載中

2008年02月21日

堅田から・3

3月1日から---「近江富士」かわら版----と改名します。
 


写真拡大■昨日・一昨日とご覧いただいているのと同じ場所からです。この写真は、以前何かのときにご覧いただいたかと思いますが、ちょっと事情があってもう一度。
 実は、この写真、小学館発行の週刊『古寺を巡る』NO,49。----関西・中部の霊場めぐり---に小さく掲載されています。大きな声で宣伝するほどのものではないのですが、時間があれば本屋さんで立ち読みしてください。-----しかられるかな、こんなこと書いたら。
 
 
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの迷曲100選(軍歌からベートーベンまで)-------- 
  
 21.夜のプラットフォーム------星はまたたき 夜ふかく-----

 作詞:奥野 椰子夫  作曲:服部 良一  昭和22年2月

 星はまたたき 夜ふかく なりわたる なりわたる
 プラットホームの 別れのベルよ
 さよなら さよなら 君いつ帰る

 名曲である、と今になって思う。二葉あき子のアルトがいいし、スロータンゴの曲想がまたいい。昭和22年2月の発売というから、歌われていたころは中学生、歌より鉄道模型の方が面白かったから、こんな辛気くさい歌は勘弁いただきたいと、特別関心があったわけではない。

 あとになって知った話だが、この曲は、出征兵士を送る悲しみを歌った歌として、昭和17年に発表されたものだという。しかし、検閲に引っかかって完全にアウト。これをアウトにしなければ、何をアウトにするのというのというところだったのだろう。

 人はちりはて ただ一人 いつまでも いつまでも
 柱に寄りそい たたずむわたし
 さよなら さよなら 君いつ帰る

 「人はちりはて ただ一人・・・」、なんともせつない歌である。自分と一緒に送る側に立って、元気でやってこいよと、手を振ってくれた友人たちも、しょせんは他人、汽車が出てしまえば、さっと散り果ててしまう。あとに残るのは自分一人。「君いつ帰る・・・」。

 そうして、二度と帰ってこなかった若者たち。昭和17年にこの詞を書いた奥野椰子夫、曲を作った服部良一。すごいと思う。単なる「夜汽車もの」ではない名曲である。



あなたが村長
デジカメ わいわい村

 皆さんが撮影された写真データを、メールで私宛に送ってください。それに私がコメントをつけて、「わいわい村とれとれ作品集」として私のHPで発表します。発表の形式は、従来やってきました「写真講座アルバム」のようなものを考えていますが、みなさんのご協力でさらに楽しいものになれば、それに越したことはありません。

>>「とれとれ作品集」・予告編<<

実施要領

1.参加資格
 どなたでもご参加ください。
参加無料です。
特に地方のかた歓迎。
けっして差別用語ではありません。
滋賀県に住んでいますから、滋賀県が中心です。「東京」も地方です。

2.写真ジャンル
風景写真
定義が難しいですが、一応広い意味での風景写真とお考えください。

3.送り先
omfj@nike.eonet.ne.jp
当HPトップページのいちばん下に置いてあるアドレスです。
メールの件名欄は「わいわい村」としてください。

4.発行日・写真の枚数など
「わいわい村とれとれ作品集」、第1号は、3月1日発行予定です。
そのあと毎月1日・15日を予定しています。
送っていただく作品の点数は、発行1回について5点までとします。
Webページへ掲載「する・しない」の判断は私にご一任ください。

5.データサイズ
データは、長辺を1000pxぐらいに調節しておいてください。
調整方法がおわかりにならない方は、撮られたまで結構です。

6.添付項目等
次の項目を添えてください。
ア.氏名(必ずお書きください)。
イ.「とれとれ作品集」で使う名前。
ウ.写真題名(できれば撮影意図・苦労話等も)。
エ.撮影場所(一般的にわかりやすく)。
※実名で発表する場合、「イ」は不要です。

7.初めての方へのお願い
初めてご投稿くださる方は、ご面倒ですが、
事前に私宛にお電話(077-587-2937)ください。
そのときに、漢字のフルネームをお教えください。
(FAXでも結構です。番号は同じです。)
「わいわい村メール」と「迷惑メール」とを区別するためです。
ご協力お願いします。
すでに写真講座等で、面識いただいている方は、この限りでありません。


 
■風景写真同好会作品集第17号 (2008.02.10)UPしました。
■琵琶湖逍遥 歩いて琵琶湖10周・道本さんのブログです。
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■ゲームで遊ぼう近江富士 「俳句と写真当てゲーム」をUPしました。オモシロイよ!。あなたも知らぬ間に近江富士マイスター。ヒマつぶしにどうぞ。
■写真ステージ 「近江富士」 HP
■週刊 『近江富士』 撮影地点INDEX  月別・市町別で検索できます。



Posted by 八田正文 at 07:00 │Comments( 2 ) │TrackBack( 0 ) │ 臨時増刊

2008年02月20日

堅田から・2

3月1日から---「近江富士」かわら版----と改名します。
 


写真拡大■昨日の漁港のほん近く、湖岸緑地から見たものです。ヨットの代わりにヨシが写っているだけで、対岸の風景は変わりません。冬の日の午後、対岸の水門などが目立ちます。朝日のころには、それがシルエットに隠れて目立ちません。
 海にしろ、湖にしろどうしても水平線が画面を横切る形で入ってきます。これを細工することはできませんから、結局それをどこへ入れるかが勝負になります。いちばんいいのは、手前に岬などがあっての湖岸線が奥行きを作っているときなのですが。
 画面を拡大すると、鳥が4羽飛んでいるのが見えます。2羽が白く、あとの2羽が黒く見えます。同じ鳥ですが、羽ばたきのタイミングのずれで、白黒に分かれたのだと思います。ユリカモメなどが集団で旋回しているとき、きらっと光るときと黒く見るときとがあります。よく似た理屈でしょう。
 

 
■むかし語り音楽夜話
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 20.■港が見える丘------あなたと二人で来た丘は-----

 終戦後まで、我が家の電気は定額制だった。3軒長屋の1軒で、階下は3畳、2畳、6畳の三間だったが、そこにつり下げ電球が1灯、夕方暗くなるとそれが点って、翌朝消えるのである。こう書くと各部屋に1灯ずつ、計3灯と思われるかも知れないが、そうじゃない。この三間と京都独特の通し庭、(というと格好がいいが、要するに炊事場)、そのすべてで1灯。長いコードがついていて、そのときどき必要に応じて引き回すのである。

 音を出すものといえば、ラジオが1つ。それも戦争中に、空襲情報を聞く「必需品」として、父がどこかの古道具屋から買ってきた3球ラジオ。裏をのぞくとうずたかく積もったほこりの中で、なすび型の真空管がボーとともっていた。3球のうち1球は整流のはずだから、残りは2球。検波と出力だけ。これで音を出せというのが無理な話、いくらボリュームをあげても、周囲2mぐらいしか聞こえなかった。

 さて、港が見える丘。そんな環境だったから、うちで音楽を聴くことは無理だった。昭和22年から23年、町内会の青年部が主催して演芸会が開かれた。みんなが娯楽に飢えていたときだから盛会だった。そのときののど自慢で歌われたのがこの曲。近所のお姉ちゃんたちが競って歌ったから、いっぺんで憶えてしまった。


作詩・作曲 東 辰三  昭和22年

  あなたと二人で来た丘は 港が見える丘
  色あせた桜 唯一つ 淋しく 咲いていた
  船の汽笛 咽び泣けば チラリホラリと 花片
  あなたと私に 降りかかる 春の午後でした


 ずーっと後になって知ったことだが、この歌の作詞、作曲が東辰三。

 また時代が逆戻りする。戦争中に『荒鷲の歌』というのがあった。昭和15年の発表という。「・・・・来るなら来て見ろ赤とんぼ、ブンブン荒鷲ブンと飛ぶぞ」と、よく歌われた。なじみやすい歌詞とメロディーで、題も知らずによく歌っていた。
 その後、「七つボタンに桜と錨」の『若鷲の歌』が出てきた。『若鷲』のほうが有名になったが、『荒鷲』のほうが先輩。しかし、ややこしい。そして、この「ブンブン荒鷲」の作詞作曲が東辰三だった。この落差・・・・のことは、もう言うまい。

 今、横浜に「港が見る丘公園」というのがあるらしいが、そんなことはどうでもよろしい。



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2008年02月19日

堅田から

3月1日から---「近江富士」かわら版----と改名します。
 


写真拡大■大津市堅田、浮御堂の少し南にある漁港。といっても最近ではこのようにヨットハーバーといった方がぴったりしますが。底から見た三上山です。
 対岸にはゴルフ場などがあるのですが、対して見だたないために、落ち着いた雰囲気があります。琵琶湖大橋付近のような高層建築だ立つとお手上げなのですが、ここは今のところ何とか収まっているようです。

 
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 19.和音笛(付け足し)

 要するに音楽の先生たちは音楽をやりたいわけ。ところが、「この非常時に音楽などをやっている場合か」、という声が出てくる。この声がべらぼうに大きい。黙っていたら消されてしまう。和音を聞き分ける練習をして、敵機の爆音を識別する能力を身につけさせる。お国のために音楽をやっています。という筋書きが必要だったのだろう。「お国のため」という大義名分、これがなければ一切が成り立たない時代だった。山田耕筰が、橋本国彦が、軍歌を書いたのも、すべてへはこの大義名分だったのだろう。

 そうして戦争が終わった。昭和22年、私は中学2年生。「科学と模型」という本に出会った。粗雑な紙の薄っぺらな雑誌だったが、模型鉄道の工作記事が満載?されていた。現実には3つ、4つの記事がちょろっと小出しに載っており、ほとんどが次号に続くというスタイルだったが、私には「満載」に見えた。

 小学校では工作といえば、飛行機だった。竹ヒゴと檜棒が主材料。ゴムを巻いてプロペラを回すのである。同級生のMくん(絶対音感のMくんではない、別のMくん)の作ったヤツがよく飛んだ。ゴムを巻いて講堂の床に置くと、すーっと滑走して離陸した。同じようにやりたかったが、私が作ったのは無理だった。

 そんなこんなの模型鉄道だった。これは離陸する必要はない。これのとりこになった。そうして高校生になったころ、「鉄道模型趣味」という長ったらしい名前の雑誌が出ていることを知った。この雑誌は現在も書店の雑誌棚に並んでいる。考えてみれば、もう60年になるのではないか。地味な雑誌だが、よくぞ続いたものと感心する。

 それにしても長い名前だった。漢字6文字、常識を越えた名前である。「趣味」はいらんのじゃないかと思っていたら、あるときこんな文章に出会って疑問が解けた。

 ・・・・「鉄道模型趣味」、この名前が長いという声をよく聞く。しかし、これはわれわれスタッフが考えに考えた末に付けた名前であって、特に「趣味」の2字は絶対に落とせないのだという。どうしてか。鉄道模型は「科学ではない、趣味なのだ」という。「科学と模型」などという名前はもってのほかだと・・・。そして、「たとえば、魚釣りは趣味であって、食糧増産のためにやるのではない」という。「きょう増産の帰り道・・・」の増産である。驚いた。飛行機を作るのも科学だと教えられていたし、そうだと思いこんでいた。それが違うという。「好きだからやる」でいいのだという。

 なるほどそういう考え方もあったのか。これが私の「和音笛」的発想からの脱却だった。戦争が終わって4年経っていた。 





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2008年02月18日

懐かしの南桜

週刊「近江富士」
 


写真拡大■国道御上神社前から旧甲西町へ向かう県道27号、その信号「南桜」のすぐ近く、野洲川との間に開けた田園地帯です。遠くにかすんで見える家並みが近江富士団地です。
 野洲川を渡ってきた高圧線が目につきますが、そのましたあたりから撮ったものです。この風情のあるカーブも今はありません。
 
■むかし語り音楽夜話
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 18.和音笛(続き) -----それにしてけったいな楽器でした。------

 
 さてその和音聞き分け、大まじめに行われた。昨日書いたことは、今になっていえること。当時はそんなことを大きな声でいえる時代じゃなかったし、ましてや小学校4年生や5年生の子どもである。一生懸命「ドミソ」、「ファラド」、「ソシレ」とやっていた。私の組にMという少年がいた。彼は抜群だった。私なんかは、さっぱり分からないというのに、彼は百発百中、パーフェクトに答える。たしか学校対抗試合があって、彼はそれに出場したはず。絶対音感がよかったのだろう。

 私なんかは、自慢じゃないが絶対音感なていう代物は、生まれれる前にどこかへ置き忘れてきた。絶対に分からない音感である。
 ずーとあとになって、いわゆるLPの時代、30cm盤で45回転というゲテものが出た。今の人には分からない話だが、その当時、LPは33回転、EP(いわゆるドーナツ盤)は45回転と回転数が分かれていた。LPはEPより直径が大きい。それを45回転で使おうというのだから、当然単位時間にトレースする溝の長さは長くなる。その分細かいデータが記録できて、音質がよくなるというのがうたい文句だった。
 曲は「運命」だった。あの30分前後の曲が、30cmLPの両面に分かれて入っているのである。マゼールだったか、ブーレーズだったか、その盤が手元にないので、細かいことは分からないが、とにかくその盤を買って聞いてみた。音がいいのか悪いのか、いいといわれたらいいのかなぐらいで、そのまま棚にしまい込んだ。

 何年か経って、ふとそのレコードに気がついた。あれ、こんなものがあったのか。それをとりだして聞いてみた。ちょっとテンポが遅いけれども、面白いなー。フルトベングラーなみやぞ・・・・、と思いながら聞き終わった。ジャケットへしまおうとして、45回転という字が目に入った。「何・・・?」。
 33回転で聞いていたのである。当然テンポが遅くなる。と同時に、音程も下がっているはずである。ものの本によると絶対音感のある人は、全音の3分の1狂っても気持ちが悪くなるという。私なんかは、45回転を33回転で聞いても平気のへいざである。

 脱線した。さてその和音笛。ようするに「ドミソ」、「ファラド」、「ソシレ」、基本3和音をぶーぶー鳴らせるようにした、子供だましの笛である。それを飛行機の爆音を識別するためという理由で子どもに押しつけたのである。学校でやったのは、ひょとしたら、これ以外の和音もあったかも知れないが、和音笛なるものは、この3和音だけだった。それでも今考えてみると、ハーモニカも持てなかった子どもたちが、唯一手にできた楽器だった。


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2008年02月17日

雪の朝

週刊「近江富士」
 


写真拡大■雪の朝、花緑公園の遊歩道から見た木の間越三上山です。花緑公園と希望ヶ丘文化公園は何となく一緒のような、何となく別のような、特に意識をしないものにとっては区別しにくいのですが、簡単にいえば、西ゲートの近くの峠が境だと考えればいいのかなと思います。これはその峠の三上山側の遊歩道から見たものです。夏場だと木の葉が生い茂って、なかなか絵になりにくいのですが、葉っぱのない冬場は何とかなります。

 
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 17.和音笛 -----歌ではありません。不思議な楽器でした。------

 昨日は、昭和20年、「リンゴの歌」でやっと戦争が終わったのですが、不思議なものを思い出しました。もう一回逆戻りします。

「和音笛」、おそらくこの楽器を憶えている人は、私の学年と、その下の学年ぐらいの人ではないか。2年下ではたぶん何の記憶もないだろう。
 昭和19年か、ひょっとしたら18年かも知れないが、学校でけったいなことをやり出した。オルガンで和音をひいて「ドミソ」、とか「ファラド」とかを答えさすのである。「そんなことなら今でもやってますよ」というかも知れない。そう、音楽の時間に確かにやりました。退屈だったけれど。

 私が「けったいな」というのは、その理由である。なぜその和音当てをやらすのか。和音を聞き分けて、飛行機の爆音当てに役立てようというのである。あの爆音はロッキードだ、グラマンだ、B29だと判断に役立てようというのである。そんなもの聞き分けて何になる。敵と味方の聞き分けなら、まだ意味があるかも知れないが、日本の飛行機は飛ばないのだから、飛んでりゃアメリカの飛行機にきまっている。

 敵の飛行機の爆音を聞き分けて、それが分かってみても何がどうなるものか。「そんなアホこと学校でやったんか。あんたの記憶違いじゃないか」といわれそうだが、けっして記憶違いではない。「自分の記憶間違いを、がんとして認めない、だから年寄りは・・、何か証拠でもあるのか」。

 そう、その証拠が、「和音笛」なのです。
 明日に続きます。


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2008年02月16日

懐かしの三上

週刊「近江富士」
 


写真拡大■約30年前の三上。川沿いの農道に生えていた2本の木。雪晴れの朝、地面すれすれのローアングルでカメラを上に向けた。元々多少左側に倒れるように生えていた木だが、それがさらに強調された。太陽を木のはでかくしたつもりだったが、ばっちりゴーストが入ってしまった。
  
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 16.リンゴの歌』 -----あんまり有名すぎて・・・------

  作詞 サトウハチロー  作曲 万城目正  昭和20年 

 赤いリンゴに 口びるよせて 
 だまってみている 青い空 
 リンゴはなんにも いわないけれど
 リンゴの気持ちは よくわかる
 リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ

 あまりにも有名すぎて、ここに取り上げるのも気が引けるのだが、避けて通るわけにも行かないし・・・。それにしても不思議な歌である。昭和20年の秋に発表された何とかいう松竹映画の主題歌だという。映画というものは一月や二月で作れるものなのか。これがまず第1の不思議。その映画を見に行く人がいたのだろうか。仮にいたとして、どういう人が見に行ったのか。食うや食わずで、明日の命も明朝起きてみなければ分からないというときに、である。これが第2の不思議。

 歌詞の訳の分からないこと。よくよく考えると、軍歌も訳の分からないものだったが、この歌もそれに輪をかけた・・・とはいわないが、それに負けず劣らずのわからなさ。昨日の「恭三さん・・・」のわからなさと方向が逆向きだけで訳のわからなさの絶対値は同じである。これが第3の不思議。
 そして最後の不思議は、この歌がはやったメカニズムの不思議さ。レコードが売れたといっても、あのぐるぐるとゼンマイを巻いて、一回ごとに針をつけ換える、あの蓄音機。私たちの町内に何台あったんだろう。ラジオが、一日中リンゴの歌をやっていたわけでもない。にもかかわらず、あの流行は?。とにかく不思議である。
 
 私は、今はやっている歌が分からない。そういう状態になって何10年になる。TVもあるし、ラジカセもあるしといえば、今頃ラジカセで聞いたはるんですか、といわれそうだが、少なくとも昭和20年の状態の何倍、いや何100倍の情報量の中にいる。それでいて、今はやっている歌は分からない。昭和20年のあの爆発的な流行のメカニズムは・・・本当に何だったのか。不思議である。

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2008年02月15日

琵琶湖の向こう

週刊「近江富士」
 


写真拡大■近江八幡市、長命寺港から国民休暇村に向かう県道が、岬を右へ回った辺りで湖岸へ下りてみると、このような岩が散在していて、結構絵になる風景が見られます。
 ここから見るとき、三上山はほぼ真南に位置します。当たり前のことですが、正午ごろ、太陽は三上山の上に来ます。朝夕、湖面が輝くのは日常のことで、一年中を通してみられますが、正午前後の太陽で、湖面が輝くのは太陽の南中高度が低い冬場だけです。夏の日中は太陽が高く、湖面は光りません。

  
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--------わたしの迷曲100選(軍歌からベートーベンまで)--------
   
 15.勝ち抜く僕ら小国民・3---------60余年まえの亡霊・3--

 いま考えてみると、そのころの私たちは陸の孤島へ追いやられたのと同じだった。疎開児童同士以外の人との接触は皆無だった。もちろんラジオなし、新聞なし。そんな中で、私はこの歌をどうして覚えたのか。

  『勝ちぬく僕等少国民』

 作詞:上村数馬 作曲:橋本国彦  昭和20年

  今日増産の帰り道
  みんなで摘んだ花束を
  英霊室に供えたら
  次は君等だわかったか
  しっかりやれよたのんだと
  胸にひびいた神の声

 この歌詞は全部で5番まであるうちの4番である。歌は1番から覚える。1番は歌えても、2番以降は歌えないというのが普通である。それがどうして4番だけを憶えているか。それも前半だけ。後半は全く記憶にない。不思議である。

 私たちの寮の引率先生に、Oという先生がいた。若い女性の先生だった。その先生がハーモニカを一本持っていた。それが私たちの周りで唯一の楽器だった。夏の夕方、夕食(・・・・といっても、大豆の中に米粒が混ざっているご飯一膳と、たくわんが二切れぐらい、かろうじて命だけは保てるという最低のものだった。もっともそのころすでに、人のものに手を出さなければ、自分の命が保てない戦災孤児が都会にあふれていた。それに比べればまだ恵まれていたというべきだったが・・・)が終わったあと、私たちは、O先生にハーモニカを吹いてくれとねだった。

 その時の曲目の中にこの歌があったような気がする。しかし、O先生自身はこの歌をどうして知ったのか。それすら不思議である。これはあくまで推測だが、当時の文部省あたりから、この歌を教えるよう指示があったのかも知れない。しかし、見ればこの歌詞である。思い悩んだO先生は、いちばん歌詞の穏当な4番だけを私たちに教えたのではないか。それも前半だけを。そう考えると、かろうじて話のつじつまだけは合う。

 この曲の作曲が橋本国彦であるという。これにも驚いた。遺作になったという戦後のラジオ歌謡『アカシヤの花』(1948年)は、私の好きな歌である。その橋本国彦、1933年(昭和8年)から母校・東京音楽学校(現・東京芸術大学)の教授をつとめ、門下生に矢代秋雄、芥川也寸志、團伊玖磨、黛敏郎らがいるという。その人ががこのような狂気の歌を作らなければならなかったところに、戦争という大きな「亡霊」を見るのである。


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2008年02月14日

雪道で

週刊「近江富士」
 


写真拡大■昨日の「地蔵さん」と同じころの撮影ですが、これは新調したマミヤRB67による撮影です。といってもレンズの種類を揃える余力話ということで、まだ標準一本です。もくろみの超望遠などいつの話かというところ。山に近く、常識ではワイドを使いたいところですが、これしかないのですから仕方なし。窮屈な構図になっています。
  
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 14.勝ち抜く僕ら小国民・2------60余年まえの亡霊・2--
 
 世間様ではバレンタインデーだというのに、不景気な話でゴメンナサイ。
 昨日の続きです。いよいよ亡霊が出現します。

 「きょうぞうさーんのかえりみち、みんなでつーんだはなたばをー、えーいれいとーおーにーさーさげーたーらー・・・」
 昭和20年といえば、『リンゴの歌』、これが定番だが、それは20年の後半、戦争が終わってからの話である。戦争末期、20年前半はどうだったのかと記憶をたどっていて、この歌を思い出した。タンスの引き出しのそのいちばん底から出てきたような、記憶の断片である。
 
 第2フレーズの、「みんなで摘んだ花束を」は、これはいまの若い人にも分かる。第3フレーズはどうだろう。「英霊塔に捧げたら」だが、若い人に英霊塔が分かるかどうか。それはさておき第1フレーズ、これがくせ者。そのまま入力すれば「恭三さんの帰り道」とでてきた。新婚の奥さんが夫の恭三さんの帰りを待っている、とこじつけてみても意味は通らない。これにはちょっと解説がいる。

 正解は、「きょう増産の帰り道」である。現在の感覚で、日本語として通じるかどうか。兵器増産、食糧増産・・・・。戦争貫徹に向けて、何かにつけて、「増産」が叫ばれていた。中でも食糧増産は切実な問題だった。男手の足りなくなった農家へ、手助けにと、小学校高学年、中学校低学年の生徒がかり出された。といっても実際には何の役にも立つはずがなく、こられた方はありがた迷惑、体のいい食客をあずかったぐらいでしかなかったのだが。
 そんなことで、歌詞の意味は、「きょう食糧増産のための勤労奉仕にいっての帰り道」ということになる。文脈としては、「今日野球の帰り道」、「ゴルフの帰り道」というのと同じである。

 そこまではいいとして、この断片だけでは話にならない。これがこの後どう続くのか。こんな歌が出てくるはずはないと思いつつ「今日増産の帰り道」で検索してみた。・・・と、でてきたのである、「勝ちぬく僕等少国民」と。これには驚いた。歌詞を見てさらに驚嘆した。こんな歌だったのか。これは亡霊だ。

 「英霊塔に捧げたら」だと思っていたが、正しくは「英霊室に供えたら」だった。しかし、そんなことは些細なことである。「・・・天皇陛下の御為に 死ねと教えた父母の 赤い血潮を受けついで 心に決死の白襷・・・・」。初めから終わりまで、狂気としか思えないこの歌詞の中で、私が憶えていたのは、唯一まともな箇所だった。これがどうして私の記憶に残っていたのか。不思議である。

 明日に続きます。


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1976年以来、30年にわたって近江富士・三上山の写真を撮り続けてきました。その三上山の姿を新旧とりまぜて・・・。 「穂高から三上山まで」・わたしの山と写真、連載中。こちらもよろしく。
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