日野川から
■雪の翌日、日野川野村橋からです。これは午前10時頃だったでしょうか。滋賀県南部、三上山周辺では、冬場、午前中は晴れていても、午後は雲が出てくることがよくあります。この日もその例で、太陽がすjぐ目の上にありました。画面右上から、何となく光が入り込んでいるように見えるのは太陽光によるゴーストです。人によってはゴーストを嫌う人がありますが、私は逆に気になりません。というより、このように太陽を画面ぎりぎり外側において、意識的にそれから入り込んでくるゴーストを作ります。■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
33.白い花の咲くころ------白い花が咲いてた ふるさとの遠い夢の日-----
作詞:寺尾智沙 作曲:田村しげる 唄:岡本敦郎
白い花が咲いてた
ふるさとの遠い夢の日
さよならと云ったら
黙ってうつむいてたお下げ髪
悲しかったあの時の
あの白い花だよ
「白い花が咲くころ」と入力すると、《修飾語の連続です》との注釈が出る。よけいなお世話じゃねえか、そんなこと。ワシが知ったことか。歌の題がそうなってんだよ。
このワープロ、ワシらに何をイチャモンつけとるんやろ。
ワシもようわからんけど、ワシはお前よりも、ちょっとだけ研究心があるさかいな。たとえばや、「白い花が咲くころ」やったら、何もモンクいわんとだしよる。
どこが違うねん。一緒やないけ。
ようくらべてみてみ。
「の」と「が」の違いだけやないけ。「ワシが買った本」。「ワシの買った本」。どっちもワシの本やで。
まあエエやめとこ。ワシもそれ以上のことは分からん。また詳しい人が教えてくれはるやろ。
それより、この歌詞見てみ。1番から3番までのなかで「さよなら」が4回出てくるやろ。
1番は、「さよならといったら、黙ってうつむいてた」というのやから、お下げ髪の少女はすぐ目の前におるわけや。
2番は、「さよならといったら、こだまがさよならと呼んでいた」というのやから、少女はこだまが返ってくるぐらいの距離に離れてることになるな。そやから、この最初の「さよなら」は、口に両手を当てて、大きな声で、「サヨウナラ!」と叫んでるはずや。そしたら、「さよなら・・・」とこだまが返ってくるわけや。
そうか、だから最初の「さよなら」と、あとの「さよなら」は、歌い方を変えないかんのか。たかがさよならやけどな。
さあ、そして3番や。これお前どう思う。「さよならといったら、涙の眸で ぢっとみつめてた」ちゅうのやで。
それがどうしたゆうねや。
よう考えてみーや。お下げ髪の少女は、1番ではすぐ目の前にいたんやで。それが2番でこだまが返ってくるくらい離れてしもた。なんぼなんでも、目の前におる少女に、口に手を当てて怒鳴るヤツはおらんやろ。
それもそうやな。
そうやろ。少女はまた目の前におるんや。眸の涙が見えるのやから。スーパーガールか、彼女は。いったり来たり。
そんなことワシにゆうたかて知るか。歌がそうなっとるんじゃ。モンクがあるなら智沙さんにきいてくれ。しかし、エエ名前やな、「智沙」て。ラジオでは「ちしゃ」と読んでたけど。
それはそれとして、「涙の眸でぢっとみつめてた」、この「ぢ」は出て来なんだで。むかし、ラジオの「ジ」は、この「ぢ」やったらしいな。
しょうもないこと知っとるのーお前も。
めんどくさいから、「じっと」でいくで。問題はこの「じっと」や。この歌が決まるか決まらんかの境目やな。
というと?
この「じっと」がどれぐらいのじっとかいうことや。要するにや、「じっと」か、「じーっと」か、「じーーっと」かということや。これをどう表現するかでこの歌は決まる。エエか。涙の別れやで。「じっと」見つめるぐらいなら見つめんほうがましやろ。そうかというて、すわった目で「じーーっと」見つめられたら怖いやろ。心のこもった目で「じーっと」見つめなあかんのや。与えられたメロディーの中で、この「じーっと」をどう歌うか。
岡本敦郎はうまかったな。それが。
目がすわってきた。もうやめよ。
■デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■写真ステージ 「近江富士」 HP


