栗原から・2
■大津市(旧志賀町)栗原からです。昨日ご覧いただいたのとほとんど同じ場所ですが、杉に囲まれた民家が郷愁を感じさせます。手前の畑と右奥の田圃の間に、暗い窪地がありますが、これが喜撰川です。比良山の最南端・霊山山から下ってきた川が、ここで集落を避けるように左へカーブしていきます。■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
41.ヴァイオリン協奏曲ホ短調-----メンデルスゾーン-------
「お富さん」がはやり出すちょっと前、昭和29年に、勤めていた大谷高校が創立80周年を迎えていた。それとときを同じくして、全国だったか、近畿地区だったか忘れたが、教員研修会を受け入れることとなった。大勢のお客さんを迎えるのだから、何か目玉がいるだろうと、学校紹介の16mm映画を作ろうということになった。
まだ大学在学中であったが、元々好きなことでもあったので、制作メンバーに入れていただいて、照明のライト係りなどをやりながら、結構楽しんでいた。とはいうもの映画など作ったこともない素人集団だから、撮るにはとってもこと編集となると、作業は遅々として進まず、公開の2,3日前になって、やっと解説の録音にはいるという、考えるだけで冷汗が出そうな話だった。
録音機といえば、東通工(ソニーの前身)のオープンリール式のものが一台あるだけ。大きさは今のエプソンやキャノンのプリンターとほぼ似たもの。持ち上げるのに、「よいしょ」と気合いをかけなくてはならないぐらいの重さがあった。録音すること自体が珍しい時代だから、テープの切り接ぎなど思いもよらず、とちっては最初からやり直し。これを繰り返して、とにもかくにも、録音し終えたときには、夜が白々と明け始めていた。
最初のタイトルが終わり、映画のテーマの図書館の外観が現れるところで使われたのが、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲だった。オイストラッフだったか、フランチェスカッティだったか、今となっては確かめようもないし、そのときは演奏者など何の関心もなく、ただただ世の中にこんなに美しい曲があったのかと心を奪われながら、テスト、本番、の繰り返しの度に、おそるおそる針の上げ下ろしをやっていた。
というもの、いわゆるLPレコードなるものを、見るのもさわるのもこのときが初めてだった。高校時代からLPなるものが存在することは知っていたし、ラジオで、「使いましたレコードは、RCAビクターの長時間盤でした」などと放送されるのは聞いてもいた。しかしそれは放送局での話、自分の目の前にその「長時間盤」が現れるなど、考えても見ないことだった。
それまでは、78回転のくるくる回るSP盤、雑音の向こうから虎造の浪花節が聞こえてくるのが、私の知っているレコードだった。それに引き換え、このLP盤の音の美しさはどうだ。曲自体の美しさもさることながら、その音のつややかさ、なめらかさに圧倒されていた。これがその後半世紀にも及ぶ中毒の始まりだったとは、私自身夢にも思ってみないことだった。
『太平の眠りを覚ますLP盤、たった二枚で夜も眠れず』。
■デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■写真ステージ 「近江富士」 HP


