南桜から・2
■野洲市南桜からです。南桜といってもおわかりになりにくいかとも思いますが、簡単にいえば、三上山の南山麓です。そこに何カ所か家庭菜園が散在していています。それらをハシゴしながら、梅の花を撮り歩きました。この時期、午後3時頃から太陽が半逆光になり、暗くなった山陰に花が浮き上がってきます。■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
49.交響曲「新世界より」------ドボルザーク-----
とにもかくにもプレーヤーはできた。いくらプレーヤーがあっても、レコードがなければ音は出ない。しかしこれが難物だった。1枚2,300円。給料が手取りで10,000円なかった時代である。誰が歌ったのか忘れたが、「13,800円」という歌があった。確か、大学出のサラリーマンの初任給を歌った歌だったが、それだけ貰えたらエエやんけと話し合った記憶がある。給料の5分の1,いや4分の1のレコードをどうして買えばいいのか。先輩のAさんが、ワシの行きつけの店なら、「金払わんでもレコードくれるから」と河原町のS屋へ連れて行ってくれた。金払わんでもといってもただけくれるわけではない。「あんたら月給取りには1枚2,300円は痛いやろ。というて買うてもらえなんだら、うちも商売にならん。あるとき払いでエエさかい持っていき」。これはうかうかしていたら、ナントカ地獄に陥ちこんでしまう。大変な"事業"に足をつっこんでしまったと後悔したが後の祭りだった。そのとき、いくら払ったか忘れたが、とにかくLPなるものを、大事に抱えるようにして持って返った。ドボルザークの「新世界より」だった。
これが我が家の家宝になった。なんせ、イザナギノミコトの神代以来、初めて我が家にレコードなるものが入ったんだから。もちろん、クーラーもなかったし、電話もなかった、テレビもなかった。洗濯機はあったかなかったか。そんな時代の1枚2,300円である。その家宝を毎夜恭しく押し頂いて、何回きいたことか。レコードの傷の場所まで憶えてしまったとよく言われるが、まさにその通り。その後時代が進んでCDになったとき、LPは場所をとって困る、もうきくこともあるまいと、全部処分した。しかし、家宝を処分するわけには行かないと残しておいたのが、上の写真である。
交響曲「新世界より」、例の第2楽章の「家路」のメロディーで有名なヤツである。戦後、いつ頃までだったろう、夕方だったか夜だったか、この曲が京都の丸物百貨店の屋上から流されていたことがある。当時、伏見に住んでいたが、家の少ない郊外へ出れば、それが聞こえた。衣笠の大学でも聞こえた。ということは京都全体に聞こえたということになる。今より町全体が静かだったのだろうが、それにしても、近くできいていた人はどんな音がしていたのだろうか。
ドボルザークはややこしい。名前にしても確か、2つか3つあった。”ゲヨエテといは俺のことかとゲーテいい”という川柳があるが、ドボルザークもそれに負けない。確か、ドボルジャックとか、ドボルザックなんてのもあったような気がする。名前はともかく、さらにややこしいのが作品の番号。ジャケットを見てもらうと分かるが、SYMPHONY NO.5とある。今は確か9番かな。つい最近、「きょうは一日第9ざんまい」というFM番組で、この曲が出てきて、「何でやね」と驚いた。
番号の変更といえば、シューベルトもややこしい。「未完成」はいま何番?。もうエエで、そんなややこしい話。
■デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■写真ステージ 「近江富士」 HP


