柿の新芽
■近江八幡市田中江町。素人でよくは分かりませんが、柿の新芽でも、鮮やかな浅緑を示すものと、このような茶色がかった緑を示すものとがあるようです。時間的なずれなのかとも思いますが、よくは分かりません。むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
81.替え歌「穂高よさらば」--------安房峠----------
山の話をもう少し。昭和32(1962)年秋、秋の穂高。相棒は先輩のAさん。上高地からか涸沢へ、そこから奥穂高へ登って、白出沢を飛騨側へ下りた。土曜日の昼前に京都を発って高山から平湯へ、そこで一泊。翌日安房峠を越えて上高地へ入ろうというのである。山へ行きだしたころは、名古屋から中央線が定番だったが、高山線になれてしまうと、多少の不便ささえ辛抱すれば、何かにつけてのんびりしていて気が楽だった。
翌日朝7時のバスで上高地へ向かう。初めての安房峠越えである。朝、まだ陽の当たらない西側の斜面を登り詰めて峠へ出る。・・・と、突然眼前に穂高が現れる。下半分が前山に隠れているのが残念だが、それさえいわなければ、上高地は別にして、車で行けるところで、穂高がいちばん大きく見えるところだろう。このときは、そんな予備知識なしで行ったのだから驚いた。写真:2000年10月撮影。
何年か前に安房トンネルが開通して、現在では平湯から中ノ湯まであっという間に抜けてしまうらしい・・・が、私はこのトンネルはまだ通ったことがない。時間はかかるが必ず旧道の安房峠を越える。遠くの山を少しでも高く撮るためには、ちょっとでも高いところに立つのが鉄則である。峠の背後に高圧線鉄塔が建っている小高い丘がある。ある日そこまで登ってみた。大した距離じゃない。歩いた距離で50mそこそこ。槍が見えた。そんな楽しみも加わって、紅葉シーズンの安房越え、私のやみつきの一つである。写真:奥穂高山頂より見た槍ヶ岳。
峠から中ノ湯まで、つづら折りのカーブを下るが、カーブを曲がるごとに穂高は低くなっていき、半分ほど下ったところで見えなくなる。上高地側、中ノ湯から登り出すとこの状況は逆になる。ちょっと顔を出した穂高が、だんだん大きくなり、峠を越えたとたんに見えなくなる。写真:奥穂高山頂より、槍をバックにAさん。
2月ごろ、このコーナーで軍歌をやっていたとき、長野県在住のFSクンから便りをもらった。学生時代に濃飛バスに車掌としてアルバイトに行き、そのまま信州に住み着いたという変わり種である。バスの教習時代に「穂高よさラバ」という歌を教えられたという。
以下、FSクンからの便りである。
『穂高よさらば』
穂高よさらば またくるひまで
奥穂にはゆる あかねぐも
かえりみすれば とおざかる
まぶたにのこる ジャンダルム
乗鞍さらば またくるひまで
夕日にはゆる 鶴ヶ池
かえりみすれば とおざかる
まぶたにのこる 剣が峰
上高地をでて平湯高山へ向かう人は大正池を過ぎると穂高は見ることは出来ませんので安房峠でよく歌ったり、何度か登った穂高の下り道で仲間に教えてくちずさみました。
『雷撃隊出動の歌』
母艦よさらば 撃滅の
つばさにはえる あかねぐも
かえりみすれば とおざかる
まぶたにのおこる 菊の花
そして作曲が、『長崎の鐘」の古関裕而。
この替え歌が山で歌っていた穂高よさらばでした。先生の軍歌シリーズが終了する前に書き記しました。-------
最初便りを貰ったときには、例の「ラバウル小唄」の替え歌だと思ったが、そうではないらしい。『雷撃隊出動の歌』という。そんな歌きいたことないぞ、ほんまかいな。と、作品リストを調べてみたら、間違いなく載っている。あったんだなこんな歌が。今度FSクンに会ったら一杯飲まして歌わせてやろう。
■花緑公園ふるさと館デジカメ教室 5月10日(土)
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■デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■写真ステージ 「近江富士」 HP


