妙光寺山と
野洲市小篠原、何を隠そう我が野洲市役所の裏庭からです。何?これが市役所の裏庭?、どんなとこやねといわないでくださいね。こういうところが野洲のいいとこなのです。手前、高原上状の横たわっている山は妙光寺山です。国道8号がこの麓を走っています。むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
89.バイオリン協奏曲--------ハチャトリアン----------
昭和38(1968)年2月の京響定期にハチャトリアンが来るという。
ハチャトリアンて、あのハチャトリアンか?。
ハチャトリアンて生きてるの?。ハチャトリアンをやるのとちがうのか?。
正直いって、そのとき私はハチャトリアンが生きているとは思っても見なかった。演奏会で演奏されるような有名な曲の作曲者は皆過去の人と相場が決まっている。生きている人がいるなんてことは考えられなかった。演奏会に上るような人はすべて歴史上の人物である。そう決め込んでいた。
あのいそがしい「剣の舞」の作曲者も当然歴史上の人物だった。まさか、その人が生きて指揮台に上がろうとは。ほんまか?。足あるか?。
1903年生まれというから、そのとき65歳。今の私より若かった。ハチャトリアン様失礼しました。
バイオリン協奏曲。バイオリンはレオニード・コーガン。アンコールにやった「剣の舞」以外すべて知らない曲ばかり。何のことはない、「剣の舞」一曲が有名なばかりに、歴史上の人物に祭り上げられていたことになる。
京響もカザルス以来の快演だった。その迫力もさることながら、弱奏が美しかった。これが京響かと驚いた。
■ 私が持っているCD----バイオリン協奏曲(D.オイストラッフ)モスクワ放送交響楽団。、ピアノ協奏曲(N.ペトロフ)ソヴィエト国立交響楽団。指揮、何れもアラム・ハチャトリアン----の解説書に次のようにある。ハチャトリアンは自作の録音を多く残しているが、指揮者としての手腕も高く評価されていた。1963年、彼は読売日本交響楽団、京都市交響楽団を振るために日本を訪れ、交響曲第2番、バイオリン協奏曲(コーガンの独奏)ほかを演奏したが、それらは、日本の楽壇史上、もっとも輝かしい演奏の一つとして今も語りぐさとなっている。(平林直哉)
目のぎょろっとした写真を見るたびに、そうそうこんなオジサンだったと当時を思い出す。
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