野洲川から
■守山市立入町。JR在来線と新幹線の間の河岸からです。河川敷は運動公園として整備されていますが、河床は草木が多く、川岸に近づくのに難渋します。むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
92.ラモーをたたえて-------ドビュッシー----------
曲目未定の演奏会の切符を買ったのは、これが初めてで最後だった。アルトゥール・ルービンシュタインのピアノリサイタル。切符発売の時点では、曲目は一切不明。当日発表するという。福袋を買うようなものだけれども、まあエエか。昭和41(1966)年初夏のことだった。
音楽之友社刊「カメラが見た来日演奏家1960’s」によれば、-----「1回1回が新しい創造であり、それが演奏家の生命。だから、即興演奏の発露こそ大切だ」と、プログラムは当日になってから決めることに徹底していた。------とある。京都だけのことかと思っていたが、そうではなかったらしい。
「ルービンシュタインがドビュッシーを弾く。”ラモーをたたえて”、”プレリュード”。丸みを帯びた音が美しい。ギーゼキングのような高音の鋭さはないが、粒のそろった伸びのある、柔らかな音がドビュッシーの世界を作る。77歳という老ピアニスト指から流れ出る若いドビュッシー。つやのあるドビュッシー。きらりと光る高音。沈むがごとき低音。これぞドビュッシー。とにかく豊かな音を持つピアニストだった。2階の補助席で聴いていたが、音量の不足は感じられなかった。77歳とは思えない、若々しい音楽。ドビュッシーがことのほかよかった」。
ここに書いている「ギーゼキングのような高音の鋭さはないが・・・」には、ちょっとした経緯がある。その少し前のこと、同僚のHさんが、「八田さん、ドビュッシーはギーゼキングですね。あの高音を聴いたら他のピアニストは聞けませんね」を焚きつけられた。それまでに安川加壽子の演奏会などで、ドビュッシーのピアノ曲のよさは知っていた。しかし誰の演奏云々とまでは思いも寄らないころだった。
ギーゼキングのドビュッシー・ピアノ曲集を買った。エンゼル盤の赤いレコードだった。レコードは黒と相場が決まっているのに、そのレコードは赤色だった。正式名称は何といったか忘れてしまったが、たしかホコリをつけない、つまり静電気を蓄えない・・・というのがうたい文句だった。当時、レコードの静電気には一苦労も、二苦労もしていたころである。ホコリを取ろうとして、こすればこするほど静電気がたまってそれが原因でホコリが着くという難問だった。赤いレコードには静電気がたまらないという。
それは結構なこと、と針をのせた。Hさんがいうように、鋭い高音、たしかにすばらしかった。これは一生付き合いをしていく盤だと思った。一通り再生が終わって、針を上げる。と、針の先にゴミがくっついている。再生が終わった針先に微細な繊維質のホコリが着くことはよくあった。しかし、そのとき付着していたのは細かい粉末だった。他のレコードにはなかった現象である。念のため、別の黒いレコードをかけてみた。別段異常はない。赤いレコードの盤質が柔らかくて、針がレコードを削っているとしか考えられなかった。
難儀な問題だった。一生付き合っていきたいレコードが、それをかけるたびに目に見えるぐらいに削りかすが出るのである。できるだけかけないように長持ちさすしかない。そんなところでのルービンシュタインのドビュッシーだった。切符を買うときの違和感はとっくになくなり、その音楽に引きずり込まれていた。ショパンのポロネーズだったろうか。曲目の記録もしていないし記憶もないが、両手を肩より高く持ち上げて鍵盤をたたく有名なパフォーマンスも見せてくれた。あれやこれや、いろんな意味で印象に残る演奏会だった。
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