花水木
■野洲市南桜。大山川の近くからです。南桜と北桜をつなぐ南北桜橋の近くです。その昔ここに梅林がありました。いまはこのように花水木やサクラの木が植わっています。むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
94.あと5人-------カラヤン・ベルリンフィル----------
「あと5人」というと、8回一死から藤川が出てくる話だと勘違いされるかも知れない。9回試合終了まであと5人である。ヤクルトに喰われたから、とうとう岡田もおかしなったか。・・・ちがうチガウ、そんなしょうもない話やナイ。
昭和41(1966)年春、カラヤン・ベルリンフィルが来るという。この前のウイン・フィルの時もそうだったが、NHKが絡んでいる。いつどこで発売するのか、よく分からない。当時、京都で音楽会の切符を取り扱っているところといえば、十字屋か、デパートのプレーガイドぐらい、全部訪ね歩いても2,3時間あれば回れる距離だったが、それでも取り扱うのか否か、それがよく分からない。
それでも発売近くになるとなんとなく情報が流れてきて、阪急交通社でも「売るらしい」という。これは穴場やな。しかし、阪急交通社てどこにあるのや?。電話帳で調べてみると、四条大宮上がるだという。それはいよいよ穴場やぞ。・・・そこへ電話してみると、「知りませんよ」。さらによくよく調べてみると、四条河原町の地下にあるという。なんやそんなとこか。しかし、そこで念を押さなかったのが、けちのつき初めだった。
発売日は3月1日(火)。運悪く勤めていた高校の卒業式の日だった。もう時効だから書くけれども、その年は卒業学年の担任でもなかったのをいいことに、そっと抜け出した。四条河原町の地下へ一目散。ベルリン・フィルの魔力はそれほど強い。目指す阪急交通社は確かにあった。しかし、周囲はしーんと静まりかえって何の気配もない。これはいくら何でもおかしい。続きに大丸へ行ってみた。張り紙がしてあって、「十字屋かNHKへ行ってくれ」とある。それならそうと、初めからはっきりしておけ・・・!。ワシは勤めをサボって来たんやぞ。
四条から三条へ。息せき切って十字屋へ。70人ほどが並んでいた。これはアカン。こうなればNHKや。丸太町智恵光院。市電で行ったのか、タクシーで行ったのか憶えていないが、そんなことはどうでもエエ。・・・烏丸丸太町というバス停がある。それを見た修学旅行生が、「カラスまるまる太る町」、おかしな町名ネといったとかいわなかったとか。NHKはそこをずーと西へ行ったところである。
着いた。当然、列ができている。前のやつから順番用紙なるものが回ってきて、「番号と名前を書くそうですよ」。見れば220番目。発売枚数は、と訊くと200枚だという。これはアカン。すぐに帰る気にもなれず最後尾にくっついていた。後ろにまだまだ列が伸びていく。ちょっと余裕が出てきて頭が回り出す。周りを見回してみる。NHKの職員がいるわけでもない。さっきの順番用紙は、ただの紙切れに、番号と名前を勝手に書いただけだった。NHKの正式のものだったのだろうか。誰かが私的に回したものらしい。発売枚数の200枚も、並んでいたやつがそういっただけで、正式なものではなさそうだ。・・・・ヨシ、待とうと腹を決めた。無念無想。あれこれ考え出すと雑念が入る。とにかく待つ。
10時、発売開始。しかし、何列の何番と指定席の販売である。列は遅々として動かない。午後1時。やっと目の前に発売口が見えてきた。・・・と、悲鳴が上がった。「今まで待ってたのに・・・」、あと5人だった。「どこかに隠してない?・・・」。この仇は必ずどこかで・・・おぼえとれ!。しかし、よく考えてみれば、穴場ねらいをやって失敗し、あとは後手ごてに回ってしまった。典型的な失敗パターン。その後、写真でも同じ失敗を何度やったか。何事も追っかけてはダメ。
とは思うものの、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。テレビでカラヤンの顔を見るたびに、お前、あのとき切符隠しとったやろ・・・。
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