地蔵さん
■野洲市南桜。大山川さくら緑地、そこの駐車場近くにある地蔵さんです。冬場だと木の葉が落ちて、見通しがよくなりますが、灯籠奥に見えるその電柱の支線等が目立って来ます。むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
95.耳キーン-------京響・100回定期----------
昭和42(1967)年12月9日、京都市交響楽団第100回定期演奏会。指揮・外山雄三。曲目、ストラビンスキー、”ペトルーシュカ”、”火の鳥”、”春の祭典”。
ハイドン、モーツアルトの創生期を思うと、よくぞここまでの感がある。
京響の誕生が昭和30年。京都新聞社編「京都楽壇史点景」によると、「発足当時、総勢38名の団員のうち、プロのオーケストラで働いた経験のあるものは数名。まさにチェリウスのオーケストラ学校だった」という。それが100回目の定期演奏会でストラビンスキーである。
そのときの常任指揮者・外山雄三は、チェリウス、カウフマン、森正につぐ4代目、この年の4月に就任していた。「100回という節目。チェリウスの薫陶で築かれた”モーツアルトの京響”という殻を破り、京響ここにありという意気込みを広くアピールしたかった。そう考えて敢えて三部作に挑戦した」と。
楽員はやはり「春の祭典」に面食らったようだ。「七拍子、三拍子、四拍子、七拍子。六拍子・・・と小節ごとに変化する。自分が今どこを弾いているのか分らなくなることも再三だった」とある。
・・・・「外山らしいバイタリティーの爆発は、”春の祭典”という原始教を主テーマにしたバレエ音楽で、もっとも効果を上げた。ちょっと中だるみはしたが、、ストラビンスキーの色彩感もでたし、激しいリズム感も楽しめた」(京都新聞・柴田仁)
・・・・「外山雄三の持ち味にぴったり適合した現代作品だけに、音色の多彩さ、明るさなど、十分に楽しめるものだった。特にぐっと引き締まった表情の”春の祭典”がよい。あふれる野性味が特色のこの作品だが、生命力が爆発する瞬前での見事な棒さばきは、外山の音楽の新しい一面を示したものといえよう」(読売新聞・松本勝男)
さて、その演奏会、私には、忘れられない記憶がある。当日のメモ。
・・・春の祭典の第一部、最後の全管弦合奏が強奏で終わるところで、余韻が吸い込まれるようにホールにこだまして消えていった。レコードでは聞けない素晴らしいものだった。単なるエコーやホールトーンでなくて、身の引き締まるような音楽空間だった。今までの音楽会では体験したことのない神秘的な時間であった。本当にそういう音が存在したのか、それともフォルテシモのあとの無音状態に感じられる耳のゴーストイメージだったのか。自分でもよくわからない。
何かの演奏会で、身の引き締まるような音がホールに消えていったことは、はっきり記憶に残っていた。しかし、それは岩城宏之指揮の「三角帽子」だとばかり思いこんでいた。確かこのころだったぞと調べてみた。それが、京響100回定期だった。そーか、あの不思議な音は、そんな記念すべき音楽会だったのか。
耳が鳴ったのか、ホールが鳴ったのか。俗に「耳がキーンと鳴る」という表現があるが、それがいちばん近い。そのときの席は確か、前から10番目ぐらいの中央付近だった。音をいちばん強く感じる席だった。耳キーンか、ホールの共鳴か、今となってはそれを確かめるすべはない。
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