「近江富士」かわら版

近江富士、四季の風景 ■「穂高から三上山まで」---わたしの山と写真---連載中

2008年05月31日

ポプラ並木・2



写真拡大■湖岸道路が岡山城址を越えるところ、昨日とほぼ同じところです。すこし坂の下の方へ移動したら、このような道が見えます。三上山に向いていて、面白いかなと思いましたが、ちょっと(道が)大きすぎたようです。





◆朝日新聞週刊情報誌「あいあい AI 滋賀」(毎週水曜日発行)に写真シリーズ ”三上山物語” を連載しています。・・・5月14日号スタート、約1年間の予定です。


■穂高から三上山まで
--------昔語り・わたしの山と写真--------
   
 020.もうちょっと一休み-------

     
 山へ行きだして3年目というと、「石の上にも3年」、そこそこのキャリアでということになりそうだが、実際には、延べ日数にすれば、過去2年で10日にもならない。考えてみれば無茶な話だった。通りいっぺんのガイドブックを斜め読みしただけで、餓鬼岳へ登ったり、天候が怪しいのを承知で、大キレットを上り下りしたり。しかし、無事でよかったという但し書きがつくが、この経験は私にとって大きかった。

 このあと、昭和32(1957)年の暮れ、レコードプレーヤーを自作した。自作といえば大げさだが、モーター、アーム、カートリッジなどを買ってきて、組み立てるのである。ということで1万なにがしかで、レコードプレーヤーができた。といっても給料の1ヶ月分ぐらい。その上、レコードがなければ音は出ない。そしてまた1枚あればこと足りるものでもない。相手は無限の世界だからたちが悪い。これでいいという限界がない。月の小遣いの大半がレコード代に消えた。

 さらにちょうどそのころNHKがFM放送の実験放送を開始した。それを聞くには専用のチューナーがいる。寺町へ行くとトリオかどこかから、チューナーのキットが出ているという。「FMなんて、見たこともなぶったこともないのだが、初めての者でも組めるの?」。相手の店員、「初めての者が組まなんだら、FMチューナー組めるヤツはいない」とはいわなかったが、穂高の今田重太郎老ならそういっただろう。

 値段は忘れたが、目をつむってそれを買ってきた。早速その夜組み立てた。意外と簡単だった。早速テスト。しかし実験放送の電波は終了していた。いまのように一晩中電波を垂れ流している時代ではない。人間も電波も早寝早起き、節操があった。
 翌日、テストしてみると、意外や意外、何の問題もなしにすかっと受信できる。と、悦に入っていると、家の前を車が通った。バリバリバリとノイズが入る。「何やいまのは?」、また車、同じようにバリバリバリ、バイクが来る。もっとひどい。

 いまFM放送を聞いていて、こんなノイズに悩まされることはない。それどころか、ノイズの張本人の、車に乗ってFMが聞ける。あれは何やったんやと不思議だが、そのときは切実だった。車が通るたんびにバリバリでは泣くにも泣けない。早速寺町へ行ってきいてみた。アンテナ上げるしかしようがないやろな。「簡単にいうな」。しかし、いわれてみればその通り、ようするにアンテナ入力が弱いのだから、分からんことではない。
 アンテナなるシロモノを買って帰った。電車で持って帰れたのだから、別に何も考えなかった。ところが組み立ててみてびっくりした。6畳の部屋いっぱいになった。これはお化けか。こんなもの屋根の上へどうして立てるねん・・・。


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2008年05月30日

ポプラ並木



写真拡大■湖岸道路が岡山城址を越えるところからです。向こうに水茎町の道路沿いのポプラ並木は見えます。台風で傾いたりしたため、上半分が伐られましたが、また復活し始めています。





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 019.一休み-------

     
 このときの写真、ご覧いただいたように、いわゆる普通のモノクローム(白黒フィルム)と赤外線写真を使っている。並行して使おうとすれば、カメラが2台いるわけで、このときもセミ判のスーパーイコンタを借りていった。ドイツ製だが戦前の旧式のモノであった。山を撮る場合、ピントは無限遠に合わせておけばいいわけで、これについては神経を使うことはない。それよりもセミ判というフィルムサイズがありがたかった。セミ判というのは、35mm判より一回り大きいサイズで、引き延ばしがその文楽だった。

 それはいいとして、苦労したのは露出である。下の写真が当時使っていた露出計である。山の上の昼間など、天気が変わらなければ、明るさが変化することはまずないので、一回測っておけば、大概の場合は同じ値で通せたが、朝夕はそうはいかなかった。一家一回これで測るのである。今では考えられないぐらい手間がかかった。
  

写真拡大 当時の露出計。細い赤い針が見えるが、スイッチを入れて、被写体に向けると、この針が振れて、絶対的な明るさを示す。その針のところに緑の太い針を合わせて、露出値(絞り・シャッタースピードの組み合わせ)を求める。






写真拡大 左は、私がその後三上山を撮るようになってから、使ってきたスポット露出計である。測った明るさを露出値に変換する部分は全く同じである。いまのオート露出に馴れた方はこの作業に抵抗感があるだろうが、昔の露出計を経験した者には、すんなりと使える。私には、いまの露出補正の方が分かりにくい。(+)か(-)か、瞬間的に判断ができない。やった結果、逆だったり。







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2008年05月29日

オオキンケイギク?2



写真拡大■きのうと同じ場所です。野洲市北桜。大山川沿いの墓地公園。ちょっと角度を変えてみると、水田が写ります。


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 018.餓鬼・燕・槍・穂高-------
     12.上高地をあとに。

 穂高の一角に朝日が当たるのを期待した一泊だったが、夜半から雨。テントに落ちる雨音で朝を迎えた。京都を出てから一週間目、長い山旅だった。
  

写真拡大 小梨平のキャンプ場。このように点とが常設されており、河童橋近くの事務所に申し込めば、借りることができた。







写真拡大 五千尺旅館の前、雨に濡れて、人影もまばら。








写真拡大 申すまでもなし、河童橋。もう一度穂高を眺め、下ってきたルートを確かめたかったが無理だった。







写真拡大 河童橋から焼岳方面。当時のメモでは、2年前と比較して、上高地の変りようを特筆している。たとえば、橋の上のスカート姿の女性。2年前には見なかった姿である。上高地・乗鞍にスカート、ハイヒールの女性が現れたと話題になったのはこのころではなかったか。
 11時のバスに乗り、夜11時に京都駅帰着とある。途中どのような連絡だったのか記録がないが、まる12時間かかっている。前夜上高地で一泊したのは、その日のうちに帰り着けないためだったのかも知れない。



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2008年05月28日

オオキンケイギク?



写真拡大■野洲市北桜。大山川沿いの墓地公園。そこの一角に黄色い花が満開です。長命寺川岸や守山市魚釣り場に咲いているのと同じ花です。たしかオオキンケイギクといったと思いますが、自慢じゃないが、花の名前はチューリップと菊ぐらいしか分かりません。間違っていたらゴメンナサイ。


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■穂高から三上山まで
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 017.餓鬼・燕・槍・穂高-------
     11.奥穂高山荘~上高地。

 山へ入って5日目、上高地へ下山の日。
 朝、雨は降り続いている。誰も起きない。「ご飯ですよ!」のこえに、みながやがやと起き出す。朝食を撮って、少ししたころ、明るくなって、陽さえ照ってきた。昨夜親しくなった人たちと一緒に小屋を出る。京都を発ってから6日目、どちらを回っても(西穂高へ回っても、北穂高へ回っても)今夜は上高地だ。長かった山旅も今日が最後だ。

  
写真拡大 7時30分、奥穂高頂上(3190m)。下にいるのが、昨夜ガス・烈風の中を水汲みに行った男。腰に手を当てて構えているのが、かく申す私。上のハンチングが昨日小屋に着いたときの先客。間に見えるのが下関から来たという先生。昨夜、みなにさんざん脅かされて、きょうはズック靴を止めてワラゾーリ。ガスが出て、風も強い。西穂はむりだということで、北穂高へ向かう。






写真拡大 つり尾根を行く。上高地河童橋から見上げるとき、真正面に見える尾根である。その尾根の上高地側から、涸沢側を見ている。稜線の向こう側(涸沢側)は晴れているが、上高地側は太陽の反対側にまわり、影に沈んでいる。明るいところいちばん左の尾根が、ザイテングラード。涸沢カールから奥穂高白出沢乗越に向かう登山路が見える。


写真拡大 大きな岩の上高地側を巻いているところ。足を開いている男性の手に力が入っている様子がよく分かる。向こうに黒く影になってガスがまいているのが、奥穂から西穂への稜線。 









写真拡大 光線状態から見て、つり尾根の最低点あたりから見た前穂高であろう。きっちりした記録が残っていないのでよくは分からない。縦走路に立っている人物の影を見ると太陽は真正面にある。時間的に考えて、多分正面の山が前穂高であろう。左の斜面が涸沢側である。







写真拡大 奥穂高から西穂高への山稜を、前穂高頂上から見たところ。 








写真拡大 同じく奥穂高から西穂高への稜線。「ロバの耳」だとか、いろいろ細かい名前がついているらしいが、実際に歩いてみなければ、細部は憶えられない。人生何事も、目・耳学問ではダメということ。この後、奥穂高までは3回行ったが、結局、奥・西穂高間へは行けなかった。未だにこの間の稜線のことはよく分からない。






写真拡大 前穂高から見た明神岳らしいが、これもよくは分からない。
 このあと岳沢を下ったのだが、写真は残っていない。撮らなかったのか、撮れなかったのか。はたまた撮るほどの風景はなかったのか。何の記憶も残っていない。記録によると、相当バテながら、13時10分頃河童橋着。五千尺旅館の売店で、穂高から一緒に下りた4人とビールで乾杯とある。
 その夜は上高地小梨平キャンプ場泊。今の年齢になってみれば、何も無理してテントに泊まらなくてもいいものを、と思うのだが・・・、泊まってみたかったのだろう。若かった。







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2008年05月27日

二重山稜



写真拡大■野洲市花緑公園。普段何気なく見ていると、凹凸がある稜線に見えますが、実際には、雨の日などに見ると、単なる凹凸だけでなしに、このように立体的に二重の稜線になっていることが分かります。このうち、奥の方の稜線が南桜から見る”とんがり富士”の稜線です。

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■穂高から三上山まで
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 016.餓鬼・燕・槍・穂高-------
     10.槍ヶ岳~奥穂高山荘。

 山へ入って4日目、槍ヶ岳から、大キレットを経て北穂高・奥穂高山荘へ。

  
写真拡大 昨夜は風が強かった。その風の中、小屋の窓から見た星空は印象的だった。
 夜が明けても風は止まず、ガスが巻いてくる。「午前中なら大丈夫」という小屋の人の言葉に従い、5時40分、小屋を発つ。まずいぱらぱらのにぎりめしを、朝、昼2食分もらって。
 左は縦走路から見た笠ヶ岳。薄いガスが巻いてはいるが、陽が照っている。

写真拡大 大喰岳、中岳と比較的のんびりと行く。そして・・・南岳。ここで山容は一変する。大キレットである。目の前の北穂高まで、一般に下り2時間、登り3時間といわれる。左の写真に写っているのは、その後半の登りの部分。頂上が北穂高だけである。前の人が心配そうにのぞき込んでいるのが下りの部分である。もちろん写真には写っていない。こうしてのぞき込んでも、下りの全コースは見えない。道は険しく、踏み出す岩はもろい。岩の崩れ方は、前方の斜面を見れば想像がつく。



写真拡大 最下点を過ぎて、北穂への登りにかかるころ、ガスが小雨に変わる。大バテだが、100mも登ると、傾斜も緩くなる。這い松の出ている急斜面をさらに人登りすると、北穂高小屋の前に出る。午前11時15分。南岳を下りだした時刻の記録がないから、何ともいえないが、やはり5時間ぐらいはかかっていることになる。
 いくら金を出してくれても水はないという。
 昨日、槍ヶ岳山荘での話し。この大キレットで30mほどスリップして、大怪我を負う事故があったという。それを聞いて、東京から来た3人組の一人が、槍沢から上高地へ下りるという。後の二人も心細い。我々に向かって、「君らが穂高へ行くなら、一緒に連れて行ってくれ」という。つれていってほしいのはこちらのほうだが・・・。まあとにかく一緒に行きましょう。ということになる。左の写真、小屋の中にいるのがその2人。上の写真、大キレットの下りで、心配そうにのぞき込んでいるのも、このご仁である。

写真拡大 今回の山旅で、最大のビューポイントは、北穂高から見た槍ヶ岳だった。行く前から、何度も何度も雑誌を見て、その風景をたたき込んだ。これだけは絶対撮る。しかし、それが雨だった。万事休す。左は、京都へ帰ってから、雑誌の写真を元にスケッチしたものである。ヒマやったんだなー。

 午後1時40分、穂高山荘着。10分もたたないうちに本格的な雨となる。その中を槍から来た2人は涸沢から上高地へと下っていった。小屋には先客が1人しかいなかった。いただいたお茶がうまかった。
 「明日、西穂高まで行きたいのですが、初心者でも行けますか」と訊ねると、穂高の主、今田重太郎老、答えて曰く。「初心者が行けんといっとったら、西穂をやるヤツはいなくなる」。まさに名言。私はこの言葉を肝に銘じた。以来、仕事でも何でも、初めてでホンマにやれるのか?というようなとき、この言葉を思いだすことにしている。
 夕方までに、客は10人ぐらいになっただろうか。夜になって、明日のために、雪渓まで水をくみに行く者もいたりして、愉快に過ぎていった。ちなみに、このときの水の値段、水筒1杯40円。



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2008年05月26日

余呉湖?



写真拡大■野洲市南桜。田圃に張られた水が、余呉湖の風景かと思わす風情です。

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 015.餓鬼・燕・槍・穂高-------
     9.縦走第2日の3.槍ヶ岳。

 きつかった東鎌尾根の登り。槍に近づく。・・・そして、槍のテッペンへ。

  
写真拡大 岩場のはしごを登る。定員は決まっていたわけではないが、何となく前が登り終わるまで、後続は下で待つというルールができていた。










写真拡大 いよいよ近づいた槍。ガスに巻かれて見え隠れ。すぽんと見えるよりこれの方がありがたい。と、みなやせ我慢。










写真拡大 槍ヶ岳山荘着。午後3時50分。









写真拡大 窓から見上げる槍の穂は、ガスに巻かれて全容を表さない。しかし明朝登っているヒマはない。とにかく登ってみようと外へでる、と・・・・かくのごとし。










写真拡大 








 
写真拡大 午後6時3分。3180mのテッペンに立つ。祠には槍ヶ岳開山の祖・播隆上人が祀ってあるという。






写真拡大 あれが東鎌尾根か。あんなところを登ってきたのか。








写真拡












写真拡大烈風の中での記念撮影。










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2008年05月25日

花緑公園花壇



写真拡大■ 近江富士花緑公園ふるさと館の前の花壇です。イノシシの害から花を守るため、すべて金網で囲まれています。そのため、自由なアングルは望めません。これはネット越しにカメラを花壇へ差し入れるようにして撮ったものです。花壇そのものが斜面にあるために、何となく落ち着かない絵になりました。

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■穂高から三上山まで
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 014.餓鬼・燕・槍・穂高-------
     8.縦走第2日の2.大天井岳~槍ヶ岳。

  
写真拡大 槍ヶ岳からは、東西南北の4方に尾根が出ている。
そのうち南へ向かうのが、大喰岳、南岳を経て穂高へ続く。残りの3方は、それぞれ東鎌尾根、北鎌尾根、西鎌尾根で、それぞれ急峻で知られている。
 さて、左の写真は、大天井岳あたり、槍ヶ岳から見て北東の方向から撮ったものである。槍の左、雲で隠れているところが東鎌尾根。右が北鎌尾根である。その下、薄い雲がかかっているY字型の雪渓が天上沢。この沢は北からやってくる千丈沢と合して高瀬川となり、安曇野に流れ出る。

写真拡大 さて、大天井岳から南下する縦走路は、西岳小屋で直角に右折し、いったん水股乗越に下りる。そこから東鎌尾根にとりつくことになる。
 左の写真は、西岳小屋に近づいたところ。前方真正面に穂高連峰が見える。左、目立ったピークが北穂高だけ。そこからなだらかなつり尾根を経て奥穂高岳。(上高地から見るとこの向こう側を見る勘定になる)。その右コブ状のピークが北穂高岳。
 手前の低い稜線を行くのが西岳小屋へ向かう縦走路。


写真拡大 西岳小屋前から見上げる槍ヶ岳と、東鎌尾根。右の雪渓が天上沢。ここから、道は水股乗越まで下りになる。どうせ登りになるのが分かっているのに、何で下るの?と泣きたくなるようなところである。









写真拡大



西岳小屋前から見る槍・穂高の景観。(写真をクリックし、その画像をもう一度拡大)


写真拡大 水股乗越はきょうの縦走路中で、もっとも標高の低いところ。岳樺などが生えている樹林帯である。これから東鎌尾根への登りが始まる。









 
写真拡大 据え付けられたはしごを登る。なんとなく消防訓練を思わす。






 

写真拡大




高度を上げるに従って、岳樺は姿を消し、這松帯になる。槍ヶ岳いよいよ近づく。





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2008年05月24日

シャクナゲ



写真拡大■ 近江富士花緑公園ふるさと館の前に咲いているシャクナゲです。山に近すぎるため収まりが悪いのですが、シャクナゲと三上山を一緒に写せたのは、これが初めてです。

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■穂高から三上山まで
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 013.餓鬼・燕・槍・穂高-------
     7.縦走第2日燕岳~槍ヶ岳

 6時50分出発。天気は上々。喜作新道を行く。一世の名狩人・小林喜作が開いた道だという。
 
写真拡大 写真では、縦走路が影になっていて、はっきりしないが、よく見るとなだらかな稜線に沿って、波打つように上下しながら続いているのが分かる。これだけの稜線が見えるのだから、前を行くパーティーが見えて当たり前だが、誰一人見えない。


写真拡大 拡大してみると、左上の道を先を行く人が一人見える。多分、同行のHクンだろう。槍の右側に子槍が見える。







写真拡大 赤外線写真である。太陽が当たっているところは普通に描写されるが、影になると真っ黒になる。先を行く人物は、肉眼では黒く見えるわけではないが、赤外線ではこのように完全なシルエットになってしまう。これがまた面白いところである。



写真拡大 立山・剣の連峰をかえりみる。






 


写真拡大 赤外線写真。遠景の描写力に強いから、遠くはしっかり写る。そのためいわゆる空気遠近感がなくななる。普通肉眼で見ると、山の風景は、遠くほど霞が強く、自然に遠近感が表現されるのだが、赤外線写真の場合はそれがない。この場合も、槍から南に続く稜線の手前に、東へ向かって東鎌尾根が下ってきているのだが、両者重なって分かりにくい。
 
写真拡大 大天井岳(2,922m)から見返す喜作新道。大天井岳は「おてんしょだけ」と読むそうである。固有名詞は難しい。私は、つい最近まで「だいてんじょう」と読んでいた。何本だったか忘れたが、この字に「おてんしょだけ」とかなが振ってあるのを見て、なにこれ!と驚いた。念のため調べてみると、それが正しいらしい。まいった。






写真拡大 私のメモには、大天井小屋とあるのだが、Wikipediaによると、近隣の小屋として、大天荘(だいてんそう)と大天井ヒュッテ(おてんしょヒュッテ)の2つだという。細かい経緯は不明である。
 昨日から書いてきたが、このあたり、歩いたこと自体の記憶がない。このジグザグ道を下りたのだろうか。記憶の糸口さえ出てこない。  










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八田正文
八田正文
1976年以来、30年にわたって近江富士・三上山の写真を撮り続けてきました。その三上山の姿を新旧とりまぜて・・・。 「穂高から三上山まで」・わたしの山と写真、連載中。こちらもよろしく。
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