麦秋
■見渡す限りの麦畑です。近江八幡市佐波江町。湖岸道路の近く。長命寺から烏丸半島へ向かって走ると、日野川を越えて、左へ大きく曲がったあたりで、この風景が見えてきます。◆朝日新聞週刊情報誌「あいあい AI 滋賀」(毎週水曜日発行)に写真シリーズ ”三上山物語” を連載しています。・・・5月14日号スタート、約1年間の予定です。
■穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真--------
024.大滝・蝶・常念・1-------
レコードという魔物にとりつかれたため、昭和33年は山行きなし。ひたすらおとなしくしていた。そんなところへ、田淵行男の『尾根道』がでた。それがくすぶっていた気持ちに火をつけた。昭和34年。今年はどうしても蝶・常念。そこから槍・穂高連峰の写真を撮る。何度も何度も田淵さんの写真を見つめて、構図をたたき込んだ。まねといわれようと何といわれようと、槍・穂高の写真を撮る。
同行は、学校の同僚Sさん。帰省先の三重県から名古屋へ出て、そこで落ち合う手はずになっていた。
と、張り切っていたところで、出発前々日になって台風が来るという。これは出発を延ばした方がよさそう。携帯で、「モシモシ、台風やな、一日延ばそか」という時代ではない。電話そのものがないのだから、電報しか手はない。そんな時代である。やっとの事で連絡を取り合って、一日延ばしの出発。
一日遅れようが、早まろうが、50年前のこと、今、何の関係もないやないか。そんなこと、ここで書かんならんことか?。
それはそうやけど、まあそう腹を立てずに、これがあとでじわーときいて来る。気になる方は、音楽夜話「管弦楽組曲第2番」をどうぞ。
山へ行く前に、四条小橋の「みゅーず」へ寄って、バッハを聴いた。そして、京都駅へ。19時10分発、名古屋行き準急「比叡5号」。東海道線は電化され、快適な準急電車。21時23分名古屋着。21時35分発、臨時準急長野行き。こちらはD51。もちろん満員。2等のデッキで4等をやる。
これがいまのお若いのには分からない。特急”つばめ”や”はと”の最後尾についていた展望車が1等車。何でか知らんが、3軸ボギーがついていて、レールの継ぎ目で、カタカタカタンというたそうな。「いうたそうな」とは無責任な。ウン、確かに無責任、しかしこればかりは乗ったことがないのだから、こういうしか仕方がない。我々庶民が乗る普通の客車は2軸ボギー。電車ごっこは、ガタガタン、ガタガタンと相場が決まっている。カタカタカタンなんてヤツは拝むだけ。
そして、いまのグリーン車が当時の2等車。以上、1等、2等に乗れない人間、要するに我々一般庶民が乗るのが3等車。椅子にありつけずに床に寝るのが4等。「2等のデッキで4等」というのは、ようするにいまのグリーン車のデッキの床に寝て行くこと。客の出入りが少ない2等の方が楽に4等をやれるわけ。
かくして、深夜1時12分、木曽福島着。腹ごしらえをして、2時10分、木曽福島発。深夜の曲がりくねった道を、上高地までぶっ飛ばすのである。イヤハヤ、全くものすごいバスが出現したものである。
しょうもない話はここまで、明日からは写真入りです。
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