ネムの花
■栗東市出庭。栗東市野洲川運動公園、新幹線鉄橋の少し上流に、他を圧するように独立して立っている。注意しておれば、新幹線からも見えるぐらいの距離である。■ 穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真--------

065.槍・双六・笠
小屋にはいるとすぐに雨は強くなる。笠の小屋は相変わらず落ち着いていた。何か殺気が感じられる槍の小屋に比べると、気分の和らぐのを感じる。先客は6人いただけ。その中の3人は、途中、抜戸の水場で一緒になって、もう顔見知りの連中だった。
京都から後生大事に持ってきた3本のビールの缶を開けて飲みながら、昨夜の「火事はびっくりした。でも、あれだけですんでよかった」、「火事や、でなくて、火事になりそうや!」ということやったんやと、笑いあっていると、ぐらぐらと来た。「地震や!」。ぐらぐらはかなり長く続いて、やんだ。外では雷が鳴っている。地震、雷、火事までそろった。そうや、槍でオヤジが「ウルサイ!」と、どなったやろ。あれ、いれたら、4つ、完全やな。外の雨はかなりの長雨になりそうである。明日は、完全な雨になってしまうかもしれない。
そんなことを考えていると、雨はやんで、穂高が見えてくる。夕食後、思い出して外へ出てみる。まだ明るさがいくらか残っている空に、月齢6日の月がかかっている。それはガスが晴れると皎々と輝き、ガスがかかると傘をかぶる。笠の上で月が傘をかぶる。穂高が真綿のような雲の帽子をかぶる。カメラを2,3分開けておいたが、さあ、どうか。
・・・これを思うと、今は楽。その場で、写り具合が確かめられるのだから。・・・
10.第6日(8月20日)、笠ヶ岳山荘から栃尾まで
午前5時少し回ったころ目が覚める。外はガスで何も見えない。これは早く立って、雨にならないうちに槍見温泉までたどり着かなければと思う。ほんの少し、東の空が不気味に焼けて、またすぐ元の灰色のガスに戻った。一昨年、大滝で迎えた朝と同じだった。あのときは、台風の豪雨でさんざんな目にあった。今回もそうならなければいいが。
6時45分、小屋を出る。雨は降っていないが、ガスの粒そのものが雨粒と同じである。笠の頂上は巻いて通る道もあるが、せっかく来たのだからと、頂上へ向かう。頂上は、背の高いケルンが林立していて、それがガスに霞み異様な雰囲気を醸し出している。昨年は、輝くばかりの快晴に、光溢れる峰々を満喫したのだが、きょうは視界わずか10m。槍見温泉への道を探すのに苦労するぐらい。記念撮影をして、すぐに下りにかかる。・・・そういえば、日露戦争当時、絵本で見る乃木大将は、白ズボンのこんな格好だったな。・・・・
槍見までの長い下りである。初めのうちは、堆積した岩の上をサイン頼りに下る。それを過ぎると這松帯に入る。2500mの、東側に大きな崩落があるところまで一気に下って、そこで休憩する。3つ目のコブを巻いて、稜線とも別れ長い斜面にとりつく。ここらあたりで雨になる。天気さえよければ、真正面に焼が見えるところである。
それからのいやというほどの長い下り。1時30分。槍見着。バスの便はなく、通りかかったトラックの荷台に便乗させてもらって、2時、栃尾着。
・・・・トラックに乗せてもらったことすら忘れているが、こんなことができたんだな、当時は。・・・・
栃尾で旅館に泊まるつもりでいたのだが、神岡町のPTAの団体が入っていて、3軒ともダメだという。予約をしていたわけではないので、ダメだといわれたら「ハイ、そうですか」というしか仕方がない。
・・・・いま思い返すと、当時、旅館なんてものを予約した記憶はさらさらない。飛び込みで泊めて貰えるところだと思っていた。このときもそうだった。長野県側はともかくとして、岐阜県側はのんびりしていた。団体?、なんで団体やね。けど、アウトはアウト。仕方なし。・・・・
新穂高まで引き返そうかとも考えたが、結局、栃尾のAさんのいとこ、Bさん宅泊めてもらうことになる。
11.第7日(8月20日)、栃尾から京都まで
9時、栃尾をバスで発つ。本郷経由で高山へ。11時、高山着。その間、十三墓峠の白樺、数こそ多くなかったが、印象に残る。13時05分、岐阜行の普通。昨日濡れた靴下がまだ乾かず、気持ちが悪い。
もう1泊して行けと誘われたが、これで行けば、充分、京都まで帰りつけるので、上呂でAさん夫妻と別れる。
岐阜へは列車が延着して、比叡6号には乗れず、各停乗り継ぎで、19時56分京都帰着。
■近江富士写真展開催中 花緑公園ふるさと館内ギャラリー兼休憩室
■むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■写真ステージ 「近江富士」 HP


