「近江富士」かわら版

近江富士、四季の風景 ■「穂高から三上山まで」---わたしの山と写真---連載中

2008年07月31日

カモも見た三上山



写真拡大■大津市本堅田。浮御堂のすぐ南。湖岸に城山三郎『一歩の距離・小説予科練』の文学碑がある。 そこから北へ遊歩道が造られているが、その一角いたカモ。馴れているようで、近づいても逃げない。





■ 穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真--------





081.錦秋の穂高・4(1962年10月)

1962(昭和37)年9月30日(日)、平湯から奥穂高山荘まで・4

 
 涸沢ヒュッテ、3時15分。この前来たときは、一日中雨だった。きょうは、その埋め合わせのように、雲一つない快晴。神様も、案外公平なんだなと思う。きょうはまだこれから、奥穂高山荘まで2時間のアルバイト。ゆっくりもしておれなかった。早くも太陽は奥穂の向こうに隠れようとしている。


写真拡大 陽が陰ってきたのは、涸沢小屋下のキャンプ場を横切っているときだった。空気の透明な山で、いったん陽が陰るとそれはもう全くの夕闇だった。北穂や前穂、常念岳などは、まだ思う存分陽をうけているのに、このカールの底には夕闇が迫ってきていた。









写真拡大 灌木帯を抜けて、涸沢ヒュッテを見下ろすようになると、岩の堆積する斜面へ出る。道は近いように見て、結構長かった。いったん、北穂のほうへ向いて登りだした道は、途中で折り返し、斜面をトラバース気味に登りながら、ザイテングラードの下部へ取り付く。








写真拡大 陰る涸沢カールと、夕日の輝く屏風の頭や常念岳。












写真拡大 先程まで陽をうけていた屏風の頭も、いつか陰って、一人前穂のみが、特徴のある三峰を夕日に輝かせて印象的である。空気がぐんぐん冷え込んでいくのが分かる。足がじーんと冷え込んでいくのが分かる。





写真拡大 前穂高。上の写真とほぼ同じところを狙っているのだが、撮影した場所は、こちらのほうが高い。下から撮った写真は、たとえば一峰より、三峰のほうが高く見えるし、それらと四峰との高さのさもほとんど変わらないように見える。自分がある程度の高さに立たなければ、相手の高さが正しく読めないのである。



写真拡大 白出沢乗越、5時17分。すばらしかった。本当にすばらしかった。白雲が眼下に沈み、近くに笠、遠くに白山。その向こうに太陽が沈んでいく。これほど壮大な日没が地上にあったとは。 





写真拡大 太陽は雲海の上に乗り、下端が雲の中に入り、半円となり、わずかの点となって消えていった。中天に浮くわずかな雲がオレンジ色に輝いて、薄れていった。まさに完全無比の落日だった。山は午後になるとガスがかかるものと思いこんでいたが、やはり、きょうのような天気もあったのかと、驚きのほうが大きかった。山をやり出して7年にして、初めて見る完全な夕日だった。

 左の写真は、6×6判の二眼レフを使って、当時一般化しかけていたカラーフィルム、いわゆるネガカラーで撮ったものである。ネガカラーは、その後オレンジベース化されたが、そのころはベース自体は無色だったため、カラーフィルムでありながら、それをモノクロ印画に焼き付けることができた。カラープリントが高価だったため、ほとんどは自分でモノクロに焼き付け、これといったものだけカラーに焼いていた。ということで、この写真は、初めて見た完全な落日ということで、「これといったもの」の一枚だったのだろう。

 (オレンジベースになってからは、印画紙がオレンジ色に感光しないため、モノクローム印画に焼き付けることはできなくなった。オレンジベースのほうが色彩がきれいになるとの宣伝だったが、驚くほどの効果があったとも思えない。勝手にオレンジベースにしやがって、モノクロに焼けんようになったやないか。フィルム会社の陰謀と違うかと腹を立てていた。)

 西風の中に立ちつくしていたのは、どれぐらいの時間だったのか。多分10分間あまりだったろう。それでも身体は完全に冷え込み、小屋に入ってもじっとしておれなかった。持っていった衣類を全部着込んで、ウイスキーを流し込んでもまだ寒かった。


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2008年07月30日

赤い屋根



写真拡大■栗東市蜂屋。済生会看護学院の校舎。以前、この建物殿組み合わせを撮ったが、建物が大きすぎてバランスが悪かった。それを小さく収める場所はないかと最挑戦。田圃のあぜ道を歩いて、とにかく撮った。前回よりは小さくなったが、山をテーマにしようとするとまだ大きいような気がする。



■ 穂高から三上山まで
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080.錦秋の穂高・4(1962年10月)

1962(昭和37)年9月30日(日)、平湯から奥穂高山荘まで・3


写真拡大写真拡大












 横尾谷の原始林の中をゆっくりと登っていく。屏風が左へ逃げていくと、その間を埋めるように南岳が現れてくる(写真右上)。槍と穂高にはさまれて不遇な山だが、ここから見上げると、また違った力のある山である。



写真拡大写真拡大 横尾谷から見上げる白出沢乗越(遠景の稜線、一番低いところ)。きょうの行程は向こうまで。








写真拡大 道がさらに左へ曲がると、南岳から大きく標高を下げる大キレットが見えてくる。木々もだんだん色づいてくる。











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2008年07月29日

カモ遊ぶ



写真拡大■栗東市出庭の水路。三上山のほうからまっすぐこちらに向かって伸びてくる。普段は欠航推量があるのだが、この日は何故か川底が見えていた。その中で、数羽のカモがひょこひょこと遊んでいた。





■ 穂高から三上山まで
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079.錦秋の穂高・3(1962年10月)

1962(昭和37)年9月30日(日)、平湯から奥穂高山荘まで・2。

 明神から徳沢へ。白沢が右から流れ込んでくるところが、徳本峠への分岐点。その指道標を見て、”徳本を越えようか”と話し合ってい4人組がいる。少し行くと、川の向こうに、例のK2を思わすピラミッド状の常念岳が見える。さらに坦々とした道を行く。長い長い一直線の道をようやく終わって、右へ曲がるところで、大天井の姿も見え、いよいよや山深きを思わす。
 ぐっと左に曲がって、徳沢を渡ると徳沢園。夏にはほこりっぽいテント場も、きょうはしっとりと露に濡れて、落ち着いた雰囲気。見上げる前穂の岩峰がすばらしい。雲全くなく、本当に明るい山岳風景。
 徳沢園、10時30分。

写真拡大写真拡大









20分ほど休んで徳沢園発。



写真拡大 新村橋を渡って右岸へ出る。広い坦々とした道と違って、かなりの上り下りもあり、道も細く歩きにくい。視界もきかず、こりゃしまったなと思う。それでも11時40分、横尾谷との出合いにつく。

 「これ橋か?」、地震のあとを見るように、見事に破壊されている。見てのと下り、古くなってつぶれたわけではない。材料は新しい。何故、こんな橋を渡ったのだろうか。細かいことは忘れたが、たしか、その少し前に新村橋が再建されたとかで、話題になっていたような気がする。そんなことで渡ってみようということになったのだろう。


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 そこで昼食。屏風岩が眼前に聳え、ススキの穂がゆっくりと揺れる。


写真拡大







 振り返れば、前穂北稜が不気味なまでの上下を繰り返し、屏風岩に達している。





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2008年07月28日

ひまわり



写真拡大■一見すると杉の木か何かかと思う。野洲市辻町、野洲電車基地横の畑の中に立っている1本のひまわり。最近ヒマワリも小振りになって、こういう豪快なのは見なくなった。
 わかりにくいかも知れないが、手前に長く妙光寺山が横たわっていて、その向こうに三上山が頂上だけを見せている。



■ 穂高から三上山まで
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078.錦秋の穂高・2(1962年10月)

1962(昭和37)年9月30日(日)、平湯から奥穂高山荘まで・1。

写真拡大 46年前の平湯温泉の朝。写っているのは、同行のAさん。遠景の山は笠ヶ岳。平湯へ来ると、この笠を見るのが楽しみだった。いまもときどき行くが、ここがいまのどのあたりか、見当もつかない。多分バスセンターの建物のあたりだと思うのだが。

 7時、平湯発上高地行きのバスに乗る。安房峠越えのバスは初めてである。バスは、まだ陽の当たらない西側の斜面を折れ曲がりながら登っていく。平湯の谷の向こう、乗鞍岳の南端が、紅く色づいた木々を朝日に輝かせている。30分ばかりで、安房峠に出る。突然、穂高が頂上付近をガスに巻かれて現れる。かくも大きな山だったかと驚きの声を挙げる。

 安房トンネルが開通して、何年かになるが、私は一度もこのトンネルを通ったことがない。少々時間がかかっても、旧峠を越えることにしている。新緑、黄葉、トンネルで抜けてしまうにはあまりにももったいないからである。そして、それよりも何よりも、峠からの穂高の眺め。楽しみの一つである。峠の背後に、一段高くなった広場があって、そこまで登ると槍も見える。車のほとんどはトンネルで抜けてしまう。旧峠バンザイである。

 話しを元に戻す。峠からの眺望もつかの間、バスはすぐに中ノ湯に向かって標高を下げる。何度も何度も折れ曲がりながら中ノ湯に着く。釜トンネル一方通行規制で、15分待ち。車外へ出てみる。寒い。温度計を持ち出してみると、5℃まで下がる。
 釜トンネルを抜けると、焼岳が迎えてくれる。6月の大噴火のあとで、まだその余韻が残っている。頂上付近が白っぽく見える。あの見慣れた赤茶けた焼とは様子が違う。

写真拡大 8時40分、上高地着。

 左の写真は、バスターミナルあたりからか。タクシーだろ思うが、栗馬のスタイルに時代が感じられる。


 落葉松の向こうの穂高が圧倒してくるようである。きょうの行程は長い、ゆっくりもししておれない。早速歩き出す。




写真拡大写真拡大  












写真拡大 8時50分、河童橋。奥穂高の胸壁の岩ひだが湖組めに照らし出されている。記念札だけして、すぐに徳沢へと向かう。










写真拡大 左、西穂高の稜線。









写真拡大 刻々と移りゆく穂高の姿をカメラに収めながら、落葉松の間の涼しい山道を行く。
 穂高が後ろに去り、左手に明神岳の奇怪な岩歩卯を見上げるようになると、明神館の前に出る。9時35分。









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2008年07月27日

浮御堂夜景



写真拡大■大津市本堅田。浮御堂の夜景。満月を一緒にと狙いをつけていったが、このような句もろい空。結局月は出なかった。太陽なら、明日もう一度というチャンスがあるのだが、月はそういうわけには行かない。次の満月は大きく位置を変える。ここからの満月を考えると、来年まで待たねばならない。



■ 穂高から三上山まで
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077.錦秋の穂高・1(1962年10月)

1962(昭和37)年9月29日(土)、京都から平湯まで。

 奥羽地方西方の日本海上に低気圧があって、それから伸びる寒冷前線が南西に延びている。その通過のためか、朝から雨が降っていた。しかしそれが通り過ぎれば、1028mbの移動性高気圧が張り出してくるはずであった。


写真拡大 午前11時34分、京都発。急行”いこま”。新幹線がなかったこのころ、在来線には、このような電車急行が花盛りだった。 
 京都のホームでは、まだ降っていた雨が、大津では止み、湖東を駆ける電車の窓からは、青空も見られるようになる。 「明日は天気だ」。

 伊吹山にもガスはなく、頂上まですっきりと見える。青空はますます広がっていく。関ヶ原の難所も、電車急行は難なく越え、定時13時お5分、岐阜に着く。

 名古屋からの準急”ひだ1号”は、っすが土曜日とあって、下呂温泉行きの客で込んでいた。岐阜では座るすべはない。客車列車だと、4等をやるところだが、ディーゼルカーではそれもやれない。結局、運転台の後ろに立っていく。高山線も、準急となるとさすがに速い。14時43分、高山着。

 平湯温泉行きの客は、バス1台では乗り切らず、同じ平湯経由の蒲田行きに分譲させて、やっと発車。西の方の夕日が美しい。平湯峠ではもう夕暮れとなり、バスのライトが白樺を照らす。平湯着、18時。全くの夜だった。

 平湯館、TVで阪神・国鉄戦。9回を終わって0対0。阪神もこう打てなくては優勝も望み薄と、床にはいる。とにかく寒い。気温を測ってみたら、10℃。これでは火がほしくなるはずだ。
 




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2008年07月26日

中観望?



写真拡大■栗東市荒張。金勝山林道の終点の駐車場から栗東トレセンの近くにある、ルモンタウンへぬける林道がある。その途中から。視界は大観望ほど広くはないが、中観望?





■ 穂高から三上山まで
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076.雪の西穂高・5(1962年3月)
    ・・・といっても、山荘までですが・・・。


1962(昭和37)年3月28日(水)、蒲田から京都まで。

写真拡大 朝、窓を開けると晴れている。雲一つない。
 きょうは山を去る日である。風も全くなく、空はあくまで青く晴れて、一昨日あんなに吹雪いたとは想像もできないのどかな早春の日である。










写真拡大 9時10分、蒲田発のバスに乗る。ほんの5分も行くと、谷間からグンと突き出るように穂高、槍の連峰が眺められる。大キレットや、槍、穂高の急峻なところには、さすが雪は少なく、南岳から大喰岳に続くなだらかな稜線には雪が多い。こんな素晴らしい快晴の山を眼前にしていながら、去りゆかなければならない。

 上の写真、遠景の山、左端にちょっと黒く見るのが槍ヶ岳。大喰岳、南岳と来て、画面中央あたりで、大キレット、手前の山でわかりにくいが、穂高連峰へと続いている。

写真拡大 雪をかぶった焼岳。ちょっとも焼岳らしくないと言えば贅沢か。

 神岡経由で高山へ12時。15時16分、高山発各駅停車。車内がら空き。ローカル線の妙味満喫。岐阜、19時16分。19時22分、岐阜発”第1よど”、20時58分、京都着。
 



 

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2008年07月25日

近江大観望



写真拡大■栗東市荒張。国道1号高野交差点から、信楽へ向かう県道12号。道の駅”こんぜの里りっとう”の前から林道にはいる。金勝寺の前を通って、林道の終点へ。そこに車10台ぐらいおける駐車場があって、そこからの標榜は抜群である。




■ 穂高から三上山まで
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075.雪の西穂高・4(1962年3月)
    ・・・といっても、山荘までですが・・・。


1962(昭和37)年3月27日(火)、西穂方山荘から蒲田まで・2

 そのトラバースが終われば、あとは本州製紙の小屋あたりまで、尾根路を最短距離にとっていけばいいのだ。


写真拡大写真拡大













写真拡大









写真拡大 ぐんぐん高度を下げて、もう100mほどで、尾根を下りきると行ったあたりで、抜戸岳あたりのガスが切れて、青白く輝く尾根筋が見え出す。






写真拡大 なおも下って、尾根を下りきったところで、後ろを振り向くと、折からの夕日を浴びて、穂高連峰が輝いているではないか。しまった、粘ればよかった。高気圧はそこまで来てたんや。





 蒲田川沿いの道に出たときは、日がとっぷりと暮れ、辺り一面が暗褐色の世界となる。本来、白くあるべき雪までもが茶色に見えてくる。6時半、登山口。迎えに来てくれたI旅館の車で7時旅館着。
 このときも、電話連絡ができたとは思えない。多分先に下った地元の人2人が、旅館まで先行して、連絡してくれたのだろう。
 温泉に浸かって、こたつに入って飲むビールはうまかった。山の宿は静かである。


 
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2008年07月24日

水車小屋



写真拡大■栗東市観音寺。国道1号高野交差点から、信楽へ向かう県道12号。道の駅”こんぜの里りっとう”を過ぎて、森遊館への別れあたり。左側にある観光用水車。ここまでやるなら、電柱等、もう少し配慮があったなあと思う。




■ 穂高から三上山まで
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074.雪の西穂高・3(1962年3月)
    ・・・といっても、山荘までですが・・・。


1962(昭和37)年3月27日(火)
 小屋の入り口にかかっている柱時計が5時をうつ。誰も起き出す気配はない。6時を打つ音に目を覚ますと、外からいくらか光が差している。小屋の中にいて、たった一カ所外が見えるのが便所の窓。外はガスがかかって、何も見えない。

「ご飯にしましょう」と呼ばれたのは、8時前だった。布団からはい出して、すぐに食べる朝食。小屋番の青年に感謝しつつも、これではどうしようもないな。ラジオを借りてきて、9時の気象通報を聞く。「東シナ海に高気圧があって、毎時50Kmで東に進んでいる。満州南部に低気圧があって、そこから南西に伸びる前線がそれを追っている。明日はまたその前線の影響で天気はやや崩れるだろう」という。

 Bさんたちは、スキーをするといって、外へ出ていってしまった。あとに残ったAさんと2人、ストーブの番である。外は相変わらず雪が続いている。このままいても、明日も同じ天気ではないのか。

 1時前に昼食。東シナ海からの高気圧が、時速50kmで進んでいるということだったが、南へ寄りすぎてるのかな。Bさんが「何なら、きょうこれから下ろうか」という。小屋番が、「明日もこんな天気だ」と自信ありげにいう。結局、「下る」ことに決定。


写真拡大写真拡大 下山準備を整えたところ。左の写真、スキーが立っているとことが、小屋への入り口。
 バックの山を見ても、天気は明らかに回復傾向にある。





写真拡大 下山の前に記念撮影。左上が小屋の屋根。
 Bさんら3人はスキーで、我々2人はワカン。下りにかかったのは2時頃だった。そのころガスが切れて、小さく青空が見え出す。しかし、人間の意識の流れは不思議なもの。その青空を見ても「下る」のをやめようとは誰も言い出さなかった。

写真拡大  30cmほども積もった斜面をどんどん下る。最短距離を滑るように下っていけばいいのだ。一歩足を踏み出せば、2,3mは滑ってくれる。

写真拡大








 あたりは童話の国のように白一色。新雪を蹴って快適に下っていく。
 
写真拡大写真拡大








 千石尾根から派生する尾根への100mぐらい、大きなトラバースをやる。上の写真、斜面に沿って下っているように見えるが、実際は横切っているのである。45度はあろうかと思われる急な斜面を横切るのである。前へ進もうと足を動かすと、意図に反して、身体は谷側へずり落ちる。「すべっても木があるから大丈夫ですよ」とBさんはいうが、こちらは素人、不気味なものだった。


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八田正文
八田正文
1976年以来、30年にわたって近江富士・三上山の写真を撮り続けてきました。その三上山の姿を新旧とりまぜて・・・。 「穂高から三上山まで」・わたしの山と写真、連載中。こちらもよろしく。
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