夕暮れに・2
■東近江市市子川原町。近江鉄道朝日大塚駅の少し北、跨線橋があってそれを西へ越えたところ。鏡山から十二坊山に続く稜線の向こうから三上山が見える。「夕焼け空が真かっか、トンビがくるりと輪を描いた」。■ 穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真・153--------
あのころの馬籠
昭和43(1968)年8月22日
高校野球を見て、一瞬現在の世界に戻ったのだが、その後もっと切実な現実が待っていた。妻籠をあとに蘭川沿いの道を20分ほど、木曽川沿いの国道19号へ出る。その蘭川と木曽川の合流点から、中央線田立駅までの途中約く2.5Km,国道を歩いたのだが、その間地面に足をつけて歩いている人間は私たち5人だけ。しかし、まあこれは予測されたことだった。


このあたりの事情に詳しい方は、「お前何を考えてるのか、妻籠から脇道を通って南木曽駅へ出れば、わざわざ国道を通らなくてもいいじゃないか」、とおっしゃると思う。確かにその通り。しかし、実はこのとき、このあと田立の滝へ行く計画を立てていたのである。そのため、無理を承知で国道をを歩いたのだが・・・・。
田立の少し手前に300mほどのトンネルがある。旅行する前に地図を読まないことはないので、トンネルの存在は知っていたはずである。しかし現地について驚いた。なんと歩道がないのである。迂回するにも片方は川だし、片方は山だし。考えてみれば当たり前の話、山でなかったらトンネルはいらん訳だ。これはエライことになったぞ。いまさら引き返すわけにも行かない。いつもの山行きなら、間違いなく懐中電灯は持っていた。しかし、今回は民宿泊まりだから、これはいらんだろうと持ってこなかった。甘かったと悔やんでも後の祭り。誰か懐中電灯持ってヘンか。そんなもの持ってるはずがない。強行突破するしかしかたないな。大きな荷物を満載したトラックがびゅんびゅん通る。道ばたに立っているだけでも怖いのに、トンネルに入ろうというのである。
トラックのすきまを見て、トンネルに飛び込む。大きなトレーラーがあとを追ってくる。手を振り大声で怒鳴る。・・・・
いまなら、携帯電話で、「トンネルの中を歩いてるヤツがいる」と通報されていたかも知れない。
ちなみに、このときわれわれが歩いた約2.5Kmの区間は、現在、対岸に新しいバイパスが建設され、車で行くと何の苦もなく通り過ぎてしまう。隔世の感ありである。
あー、怖かった。ほんま怖かった。おそらく追い抜いていった運転手たちもびっくりしただろう。トンネルの中に人間がいるなんて、想像もしないだろうから。いまの子どもにこんなことをさせたら、お母ちゃんたちが黙ってはおらんだろう。「先生が生徒をつれて、歩道のない国道のトンネルを歩いた」と、大問題になっただろう。
さあ、次は自然派に戻って田立の滝。これはちょっとした値打ちものだぞよ。
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