錦織寺
■野洲市木部。木辺派の総本山錦織寺と三上山。夏のなごりの白雲が沸く。カメラ構えていたら、トンビがすーと画面に入って来た。■ 穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真・154--------
あのころの馬籠
昭和43(1968)年8月22日
トンネルを抜けたところで木曽川を渡る、国鉄中央線田立駅へ着く。
当時のメモにはこれだけしかない。とにかく国道のトンネルを抜けたことは強烈な印象として記憶に残っているのだが、その前後のことは全く記憶にない。下の写真のトラス橋は木曽川に架かる橋だろうとは思うのだが、それすらしっかりした記憶はない。現在の国道19号は、中津川の方から来て、右岸のバイパスにつながる賤母大橋を渡ってしまって、全く次元の違う道になってしまっている。問題は、この橋が木曽川に架かる橋として、撮影場所がどこかということである。


以下、ちょっとした推理小説である。これは面白い読んでやろうという方はお読みください。
心配せんでもよろしい。誰も読まへん読まへん。----
まず状況確認から。国道19号が木曽川左岸(下流に向いて左側)を通っている。私たちは、その国道を下流に向かって(川を右に見て)歩いてきてトンネルを抜けた。当時のメモによると、「トンネルを抜けたところで木曽川を渡る」とある。目的地田立駅は、木曽川右岸(国道の対岸)の橋より下流にある。
まず右の写真。このように道路の左に橋が見えるのは、左岸の下流か、右岸の上流かである。道をよく見ると砂利道である。車がびゅんびゅん通る国道19号でないことは一目見れば分かる。
となると、これは右岸だということになるが、田立駅は橋の下流にあるのだから、常識として、わざわざ駅の反対側へ向かうことはあり得ない。
撮影場所が分かったところで、別に人生に影響があるわけではないのだが、何となく気色が悪い。道路地図をもう一度しっかり見直すと、バイパスの賤母大橋が目立ちすぎて影が薄くなっているが、例のトンネルを抜けたところで、すぐにUターンして、200m弱ほど川沿いに道があって、それが橋につながっているのに気がついた。トンネルの外側に上流に向かう道があったのだ。ややこしい道造るな!。上の写真の画面右外がトンネルだったのだ。
と、話が決着したところで、左の写真。これも国道でないことは間違いないから、当然対岸に渡ってからのものだと考えた。ところが、矢印が川の方をさしている。滝は川の反対側の山の上である。理屈に合わない。これも迷宮入りかと悩んでいたのだが、先ほどのUターンで話が解決した。この看板は、トンネルを出たところのUターンの場所にあったのだ。田立の滝の矢印は川の向こうを指していたのだ。写っている木曽川は画面奥が下流である。別にそんなこと、どうでもエエのやけど。■むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
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