2008年05月08日
屋根光る
■屋根光る、昨日の写真と同じような発想ですが、今度は三上山を水田に映る影で捕らえてみました。大げさな言い方ですが、信州白馬山麓仁科三湖のイメージすら感じます。むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
98.ミサ曲ロ短調-------J.S.バッハ----------
昭和44(1969)年5月1日。大阪フェスティバルホール。ミュンヘン・バッハ管弦楽団、合唱団。バッハ作曲「ミサ曲ロ短調」。指揮:カール・リヒター。補助席を出すほどの満員。その最前列で聴く。
当日のメモ。
冒頭のキリエ、合唱の何と美しいこと。このコーラスは、リヒターが集めて作ったものというが、全員がアマチュアだとか。服装も黒に統一されてはいるが、デザインはまちまち。それにしても美しい。ドイツから持ってきたという小型のオルガン、そのまるく豊かな音色はレコードでは聞けないもの。
見上げなければ舞台は見えないが、リヒターの的確な指揮を見ることができる。ヘフリガーの朗々たるテナー、ソットボーチェの唇のふるえまで見える。
場内のざわめきが静まらないうちにタクトを振り下ろすぐらい大まかな指揮ぶりだが、それでいて、実にクリアーで豊か。レコードの限界を知る。
東京公演を聴いた畑中良輔氏の新聞評。
感動があった。その形容すら拒否する純粋な感動が私にはあった。今まで数多くの優れた演奏家、演奏団体が日本を訪れた。そしてそれぞれが私に素晴らしい音楽を体験させてくれた。しかし、これらの感動と、この夜リヒターはじめ、ミュンヘンの人たちが与えてくれた感動とは、お互いの間に次元の違いがありすぎることに私は気付いた。
・・・「ロ短調ミサ」の冒頭”キリエ”が始まってしばらくたたぬうち、私は思いもかけぬ困惑をもてあましていた。そこにはレコードで聴かれる、あの魂をも引き裂くような痛切な叫びはなかった。バッハをひしとにらみ据えたリヒターの恐ろしいまでの目もなかった。その代わりに溢れるようなみずみずしいバッハがこの夜、東京に姿を現していた。
それから四半世紀、「ヘフリガー日本の歌曲を歌う」というシリーズのCDが出た。1993年ごろである。日本の歌曲、たとえば「夏の思い出」、「浜千鳥」、「月の砂漠」などをドイツ語で歌うのである。ヘフリガーは「日本歌曲の魅力を、純粋に私自身の目で、耳で、そして心でとらえて歌った」という。ドイツ語がさっぱりの私が、何の抵抗もなく聞けるのだから不思議だった。
ダーク・ダックスのバリトン喜早哲はいう。「先日、テレビでヘフリガーの”早春賦”を聞いたら、ドイツ語があまりにピタリなので驚いたよ。元々この曲はメロディーがモーツアルト的なところがあるが、総じて、瀧廉太郎、岡野貞一、山田耕筰、弘田龍太郎、成田為三など、ドイツ的クラシックの影響を受けた人が作曲したものは、ドイツ語訳がよく似合うネ」と。
そういえば、先輩のAさんにフィッシャー・ディースカウを吹き込まれていたとき、ちょっとへそを曲げて買った「美しき水車小屋の娘」がこのヘフリガーだったような気がするが、そのレコードは今はない。
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