2008年07月18日
琵琶湖越しに
■高島市萩の浜水泳場の近く。いまは移植されてしまったが、かつて四高桜の並木があったあたり。左奥、鳥の左下の高いピークが阿星山、左端、一番手前が湖岸道路沿いの岡山である。■ 穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真--------

068.ちょっと寄り道・碓氷峠・3
いよいよアプト式区間にはいる。ED42が前に1両、後ろに3両つく。12時45分横川発。ソロリソロリと行く。あまりののろさに、ラックレールにかみ合うまでかと思っていたが、そうではなく、かみ合ってからも同じ速度だった。写真、横川にいた3重連。
横川(海抜386m)から軽井沢(同942m)まで11.2Km、標高差約550m(最大勾配66.7‰、1000m走って66.7m上る)を48分かかって登るわけだから、時速になおして、14.0Km/h。実にのんびりしたもの。
トンネルの数26個、アプト区間の開通、明治26年。偶然に一致とはいえ面白い。着工は東海道線より早く、明治15年、その理由は「東海道線は太平洋岸を走るため、外的の攻撃を受けやすいから」だとか。
ステップの下を見ると、台車に取り付けられた箱状のものが見える。それからさらに左側に腕が伸びて、四角に小さく光る面が2つ並んで見える。この面がサードレールをしたからこすって集電する。大阪地下鉄の御堂筋線など、古い路線はこの方式をとっている。
レールの中央に敷かれたラックレール。これに機関車側の歯車をかみ合わせて勾配を登る。レールの外側のサードレール。送電のためのレール。上と側面はカバーされてレールそのものは見えないが、機関車の台車につけられたアームが下からこすって集電する。
水平区間、ラックレールはついていないが、ポイント付近で、サードレールが右、左と分けて設置されている。■近江富士写真展開催中 花緑公園ふるさと館内ギャラリー兼休憩室
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