2007年07月28日



写真拡大■大津市本堅田。浮御堂の夜景。満月を一緒にと狙いをつけていったが、このような句もろい空。結局月は出なかった。太陽なら、明日もう一度というチャンスがあるのだが、月はそういうわけには行かない。次の満月は大きく位置を変える。ここからの満月を考えると、来年まで待たねばならない。



穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真--------





078.錦秋の穂高・2(1962年10月)

1962(昭和37)年9月30日(日)、平湯まで奥穂高山荘まで・1。

 朝5時少し前に目を覚ます。そっと障子を開けてみる。外はまだ薄暗いがどうやら天気はよさそう。寒い。あまり早く起きても仕方ないと、もう一度布団に潜り込む。
 5時40分。もう一度掃除を明けてみる。前山に陽が当たって、雲は全くなし。ただ寒い。
 7時、平湯温泉発。安房峠声のバスは初めてである。まだ陽の当たらない西側の斜面を折れ曲がって登っていく。平湯の谷を隔てた向こう側、乗鞍岳の南端あたりが、もう紅く色づいた木々を朝日に輝かせている。
 30分ばかりで、安房峠に出る。突然、穂高が頂上付近をガスに巻かれて現れる。以外の高さである。かくも大きな山だったかと、驚きの声を挙げる。

 それもつかの間、バスは中ノ湯に向かって標高を下げる。何度も何度も折れ曲がりながら、中ノ湯に着く。釜トンネル一方通行のため15分待ち。外へ出てみると寒い。温度計で測ってみると、5℃を示す。芦がじーんと冷えてくる。全くの冬である。
 釜トンネルを抜けると、焼けが迎えてくれる。6月の大爆発で、長女付近が白っぽく煮える。あの見慣れた赤茶けた焼とは様子が違う。

 大正池。穂高のガスはきれいに晴れて、その全貌を池面に映す。何回か通った湖畔だが、今朝の景観はすばらしかった。

 8時40分。上高地着。落葉松の向こうの穂高が圧倒的に迫ってくる。きょうの行程は長い、あまりゆっくりもしていられない。早速歩き出す。

 8時50分、河童橋。奥穂高胸壁の岩ひだが、克明に照らし出されている。記念撮影だけして、すぐに徳沢に向かう。小梨平にはテントもなく、人影も少ない。
 刻々と代わり行く穂高の姿を、落葉松の間に見上げながら、涼しい山間の道を行く。穂高があとに去り、行く手に明神岳の奇怪な岩峰を見上げるようになると、明神間の前に出る。9時35分。
 白沢が右から流れ込んでくるところが、徳本峠への分岐点。その指道標を見て、「徳本を超えようか」と話し合っている4人組がいる。
 少し行くと、梓の川原の向こうに、例のK2を思わすピラミッド状の常念岳が姿を見せる。

 徳沢園。夏はほこりっぽいテント場も、きょうはしっとりと濡れて落ち着いた雰囲気を醸し出している。見上げる前穂の岩峰がすばらしい。雲全くなく、本当に明るい山岳風景。20分ほど休んで出発。

 新村橋を渡って、右岸へでる。広くて坦々とした左岸と違って、かなりの上り下りがあり、道も細く歩きにくい。こりゃしまったなと思う。それでも11時40分、横尾谷との出会いにつく。そこで昼食。
 屏風岩が眼前に聳え、ススキの穂がゆっくりと揺れる。屏風は逆光で黒く、ススキの穂は光を受けて白く光る。そのコントラストの美しいこと。山はまさに秋である。振り返れば、前穂北稜が不気味なまでの上下を繰り返し手、屏風岩に達している。

 横尾谷の原始林の中をゆっくり登っていく。屏風が左へ逃げて行くと、その間を埋めるように南岳が現れてくる。槍と穂高にはさまれて、不遇な山だが、ここから見るとまた違った力のある山である。

 道がさらに左へ曲がると、南岳から大きく標高を下げる大キレットが見えてくる。

 横尾本谷丸木橋。大勢の人が休んでいた。丸木橋と昔のままの名前だが、コンクリートの橋桁に、しっかりとした木の橋が架かっていた。一昨年来たときには、誰一人としていず、雨の中をただ一人渡ったのし、きょうは光に満ちて、人に満ちている。
 涸沢への登りはここから始まる。ひととき前穂を正面に見て登っていくが、北補東稜を右に巻くと奥穂・涸沢岳も姿をkみせ、白出沢乗越には奥穂高山荘の姿も小さく見えるようになる。

 時刻は3時に近い。空は底抜けに青く、雲は見ようとしても見つからない。涸沢ヒュッテ3時15分。この後、奥穂高山荘まで約2時間。頑張ろう。
 早くも太陽は奥穂の向こうに隠れようとし、もう半時間もしないうちに、夕方になりそうだった。西側の斜面が太陽に照らされているのであろう。白出沢乗越のあたりから、あたかも上昇気流に乗るように、薄い白いガスが現れるが、それさえもすぐに消え去って、あとは青空のみが残る。きょうは夕焼けが美しいかも知れない。それまでに何とかして乗越まで登り切りたいと思う。
 陽が陰ってきたのは、涸沢小屋下のキャンプ場を横切っているときだった。空気の透明な山で、いったん陽が陰ると、ヲれはもう全くの夕闇であった。北穂や前穂、それに向かい側の常念などは、まだ思う存分陽をうけているというのに、このカールのそこは、夕闇が迫ってきていた。岩は急激に冷えていった。腰を下ろせば冷たかった。
 灌木対を少し行って、涸沢ヒュッテを後ろに見下ろすようになると、岩の堆積するカールの斜面に出る。道は近いように見えて長かった。いったん、北穂のほうへ向いて登りだした道は、途中で折り返して、斜面をトラバース気味に登りながら、ザイテングラードの下部に取り付く。
 先程まで陽をうけて輝いていた屏風の頭も、いつしか陰って、ひとり前穂のみが、特徴のある三峯を夕日に輝かせている。気温も下がり、足下がぐんぐん冷え込んでくる。

 白出沢乗越、5時17分。すばらしかった。本当にすばらしかった。それ以外に表現方法がなかった。白雲が眼下に沈み、近くに笠、遠くに白山。その向こうに真っ赤な太陽が沈んでいく。初めて見るこの壮大な落日。これだけで、この2日間の山旅の値打ちはあったというもの。西から吹いてくる風は寒かった。しかし、だからといって、小屋にはいるにはあまりにももったいない。太陽の下端が雲海に接し、半円となり、わずかな点となり、そして、すべてが雲海の彼方に没していった。まさに完全無比のすばらしい落日であった。山をやり始めて7年。初めて見る完全な落日だった。
 







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