2008年09月30日
白雲
■野洲市野洲。近江富士大橋下。空気が澄んで見通しがいい。白雲が次から次へと沸いては消えていく。前の川は野洲川。左端の山は妙光寺山、JR野洲駅から、真正面に国道へ向かうとき、突き当たりに見える山である。■ 穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真--------
142.あのころの馬籠
昭和43(1968)年8月21日
つり橋を渡って少し行くと、「中仙道落合の石畳」との標識に出会う。現在は「中山道」が正式名称だということで、ほとんどこれの統一されているが、このころはまだ「中仙道」が多用されていた。石畳の少し手前で、ムギワラ帽子に赤のブラウス、紺のスラックス姿の大学生風の女性とすれ違う。そんなことをおぼえているくらい人は少ない。(おぼえていたのは、70歳過ぎたいままでという意味ではなしに、このアルバムを作った時点までという意味、念のため。いまのいままでおぼえていたとしたら、「君の名は」や)
形や大きさの整わない荒々しい石畳が現れる(写真左)。単なる山道と大差なし。頭に描いていたイメージと異なる。細い雨の下で、カメラが濡れるのを気にしながら写真を撮る。それからものの2,3分も行くと、石畳茶屋という茶店があって、その前から50mほどきれいな石畳が続いている。うっそうと茂木立、その間をぬって雨に濡れる石畳。みな歓声を上げてカメラを向ける。

しかし、考えてみるとこれは映画のセットだよ。
そうこうしている間に雨が激しくなり、茶屋に転がり込む。馬籠までは30分ほどだという。何とでもなるだろうと、部屋に上がり込んで腰をすえる。40分ほど休んだだろうか、雨はようやく小降りになる。■むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■写真ステージ 「近江富士」 HP
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