2008年11月15日

花緑公園紅葉・2



写真拡大■野洲市北桜、花緑公園の紅葉である。曇り空で光に乏しくこれはダメですよという見本。・・・しょうもない見本出すな。ごめんゴメン、ふところ不調法で。






穂高から三上山まで

--------わたしの山と写真・183--------


三上山撮影開始・3


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 こんなことはどうでもいい話なのだが、ついでだから・・・。 

 先日も書いたが、そのころ我が家の機動力は自転車だけ。前の荷物籠にバックに入れたカメラを放り込んで走っていた。しかし、よーく考えてみたら、いのちの次に大事な家宝である。かりそめにもこれに粗相があってはいけない。いのちのほうは、いざとなれば自転車を投げ捨てて逃げればいい。そのとき家宝を自転車と心中をさせるわけには行かない。ということでカメラケースを探し回った。帯に短したすきに長し。それならいっそうのこと自分で作ってやろう。

 写真はRB67本体と、65mmのワイド。×2のコンバージョンレンズ。スポッと露出計。
 「もう一つ空いているこのボックスは何になるの?」
 「ようきいてくれた。ここへは、将来望遠様がお入りになるのだぞよ」
 これで、65mmのワイド。125mmの標準。それの×2で250mm。そこへ360mmの望遠様がおはいりになるとだいたい2倍2倍のシステムができる。もちろん360×2で720mmも成立するという遠大な計画。


 
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 上はその家宝収納箱の現在の姿である。70歳代半ば以上のかたならご存じだろう。その昔、各学校にあった奉安殿というヤツを。これが我が家の奉安殿である。一旦緩急あれば・・・。30数年、家宝を守り通していままだ健在である。
 もう30年ほども昔のこと。このボックスをバイクに積んで、エンジンを吹かせたとたん、自分の背丈以上の溝にバイクともども落ちこんだ。溝の底に立って、手を伸ばしても地上に届かない。幸い怪我がなかったから、溝の中でバイクを起こし、荷台に足をかけて脱出したことがあった。そのときもこの箱はつぶれなかった。あとで調べたら、ワイドレンズのシャッターが動かなくなっていた。ピンがはずれたとかで、修理代1万なにがしかはかかったが・・・。
 奉安殿がアメリカ軍の空襲に耐えられたかどうか、寡聞にしてきいたことがない。

 つまらない箱の話である。 



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デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
写真ステージ 「近江富士」 HP


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