2008年11月19日
朝のメルヘン
■大津市雄琴北。かざみ公園から。一昨日、「琵琶湖明ける」をご覧いただいたのと同じ場所である。公園の片隅に風見鶏をのせた童話の世界のようなあずま屋がある。散歩の休憩所にはもってこいの場所である。■ 穂高から三上山まで
--------わたしの山と写真・187--------
三上山撮影開始・7
「これ2人やったら上がるのと違いますか?、クレーン使ったら、代金もらわんなりませんねん。手で上げたら代金いりませんやんか」。世の中には親切な人もいるもの。黙ってクレーンで上げたら商売になるのに、手で上げたらただでいける。その手伝いをしてやろうというのである。こともあろうに、サルベージの従業員が、である。
なるほど思っても見なかったが、そういわれるとそんな気もする。代金がいるいらないの問題ではなしに、物理的に2人なら上がりそうな気もする。溝の深さは1.5mは優に超える。しかし幅は1mそこそこ、両側に足をかけて十分またげる距離である。若い衆は持ってきたロープを手際よくバイクにくくりつけて、「そっち持ってくれますか」。打撲した両腿がいたかったはずだが、いまはその記憶もない。溝をまたいで「じゃ、いきますよ」。
軽くはなかったはずだが、思ったより簡単にバイクは地面を離れた。これなら行けるぞ、と思った。ロープをたぐるとバイクは上がってくる。バイクは手の届くところまで上がってきた。シメシメこれは行けそうだ。が、そこまでだった。
1mほどまたを開いて、両手は伸びきったまま、そのしたにバイクがぶら下がっているのである。手を折り曲げてバイクを持ち上げるほどの力はない。手は伸びたままである。いくら持ち上げても、最後の2,30cmが上がらない。反動をつけてよいしょと放り上げるほどの力もない。それをやっても失敗するにかぎっている。そのときは自分の身体もバイクもろともまた溝の底。ましてや、バイクの下敷きにでもなったときには・・・。
「やっぱりアカンな」、それでも若い衆はあきらめずに、「前と後と代わりましょか」ということで、チェンジコート。一からやり直し。そのたびにしずしずとバイクは上がってくる。しかし、最後の2,30cm、これがどうにもならない。庭師さんが石を動かすときのような、滑車と支柱があれば何とかなったのだろうが、結局はクレーン様にお世話になることになった。ものの5分ほどで何の苦もなくバイクは地上に鎮座した。
「すみません。代金いただかななりませんね。あとで請求書お送りします」。
前座の共闘がなかったら、自分の失敗を棚に上げて、「たった5分でXX円やで」と、モンクたらたらのところだが、この日ばかりは、代金の問題ではなかった。「いやいや、ほんとにありがとう」と、心からお礼を言ったことだった。
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