2008年11月20日

霧の朝



写真拡大■大津市雄琴北。かざみ公園から。上空はよく晴れていたが、東のほうに霧のようなカスミのような・・・。こういうときは短いレンズでは三上山がどこにあるか分からない。うんと伸ばしてアップする。山頂部だけが霧に浮かぶ。






穂高から三上山まで

--------わたしの山と写真・188--------


三上山撮影開始・8


 バイク騒動は前回をもって終了。最初どうなることかと思ったスポッと露出計にも馴れて、何事にも安全第一と、バイクで走り回っていた。
 昭和52(1977)年10月9日、撮影開始から約1年がたっていた。この日初めて写真が撮れた。


写真拡大 私が写真を始めたのは1955年だったから、三上山を撮りだした1977年は、私自身のが写真を撮るようになって20年以上が経過していた。当然写真は撮れると思いこんでいた。しかし撮れなかった。本当にとまどった。撮れたのは左の写真だけ。しかしこれも撮ったのではなしに偶然に写っただけ。これにしてもいましげしげと見るとバランスが悪い。


写真拡大 そんな1年が経過しての1977年10月である。シャッターを押した瞬間に、これは撮れたという感覚があった。左の写真がそれである。
 場所は近江八幡市水茎町。このあたりは、いま近江八幡市の産業廃棄物最終処理場になっているが、当時はまだ昔ながらの水路が張り巡らされ、収穫された米俵が、和船で運ばれていた。その和船が水路の所々に止められ、一つの絵になっていた。下見をしたとき、これは夕日だと狙いをつけた。

 その日、近畿地方は移動性高気圧に覆われ、雲一つない快晴だった。収穫の終わった田圃にうす紅色の秋の夕日が美しかった。イメージ通りの風景だった。わくわくしながらカメラをセットした。あとは太陽が比良山に落ちる少し前、秋の夕日が十分赤くなったところでシャッターを押せばいいのだ。三上山を撮りだして1年、カメラを手にしたときから数えて、22年目にして「写真を撮る」ということが初めて分かった気がした。

 「自分でイメージを作れ」、「待って撮れ」、写真雑誌には、イヤというほど書いてある言葉である。「きょうは天気がいいから写真でもを撮りに行こうか」ではダメだという。これをいままで何度読んだだことか、しかしそれが分からなかったのである。

 思えば長い道のりだった。この単純なことが分かるまでに、22年の歳月が必要だったのだ。

 



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デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
写真ステージ 「近江富士」 HP


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