2008年02月10日
青い風景
週刊「近江富士」
■これも流路が河床いっぱいに広がっていたころの風景です。川田橋の上流、そのころはまだ近江富士大橋はありませんでしたが、もしあったとしたら2つの橋の中間点あたりかと思われます。対岸林の向こうは野洲市市三宅(いちみやけ)の集落です。三上山に対するカメラの線と川の流れがほぼ直角に近く、川の奥行き感が感じられないのが欠点です。(川田橋辺りだと、川の流れの線上に三上山が見え、奥行きが出てきます)。冬のよく晴れた朝、ブルーのフィルターをつけて撮影しました。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの迷曲100選(軍歌からベートーベンまで)--------
10.『出征兵士を送る歌』・・・・わが大君に召されたる
作詞:生田 大三郎 作曲:林 伊佐緒 昭和14年
わが大君(おおきみ)に召されたる
生命光栄(はえ)ある朝ぼらけ
讃えて送る一億の
歓呼は高く天を衝く
いざ征(ゆ)けつわもの日本男児
まあ、すごい歌詞である。このころの詩人は、どうしてこのような詩が書けたのか。しかし、それはさしおいて、きょうは作曲者・林 伊佐緒。この曲は、昭和14年、当時の大日本雄弁会講談社(現講談社)が陸軍省と提携して公募。そのとき、すでにキングレコード専属の歌手だった林 伊佐緒の曲が当選した。一般応募だったという。
歌手としても有名だが、作曲者としても、「ダンスパーティーの夜」、「真室川ブギ」、「高原の宿」など、自作自演で多くのヒットを飛ばす。そのほかにも、三橋三智也の「リンゴ村から」、「リンゴ花咲く故郷へ」、「母恋吹雪」、春日八郎の「海猫の啼く波止場」、「長崎の女」、「ロザリオの島」など。
その中で「長崎の女」(昭和38年)。この歌もよく歌われた。このころには、わたしはこの種の歌に興味を失っていたが、これを聞いたときに、子どものころによく似た感覚を体験したことを思い出した。
私はいまでも、この「長崎の女」をまともに歌えない。歌っている間に行ったり来たりするのである。そういえば、『出征兵士を送る歌』がそうだった。「・・生命光栄(はえ)ある」と「・・讃えて送る」が、この部分、ほとんど同じメロディーで始まって、途中から気がつかないままにひょいと変化するのである。うっかり歌っていると元に戻ってしまう。
「長崎の女」も、同じパターンがある。「・・風にこぼれる 石畳」と「・・尋ねあぐんだ 港町」、ここにはまりこむと無限循環に陥る。そうか、両方とも林 伊佐緒だったのかと妙なところで納得した。
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