2008年03月10日
和邇港から・2
■大津市(旧志賀町)和邇港からです。昨日の写真は、この写真の右側、R161沿いの浜から撮ったものです。どこの港でもそうですが、船が止められており情緒があるのですが、防波堤が風景を横切ります。それが壁になって、なかなか絵にはなりません。防波堤の向こうが和邇川のデルタです。■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
38.アルプスの牧場-------雲がゆく雲がゆく アルプスの牧場よ-------
作詞:佐伯孝夫 作曲:佐々木俊一 歌:灰田勝彦
雲が行く雲が行く アルプスの牧場よ
鈴蘭の花咲けば レイホー レイホー
青春の胸が鳴る ハイホー ハイホー
角笛吹けば 駈けてくる 駈けてくる
レイホー レイホー 愛らしい子羊よ
レイホー レイホー
レイヒレイティレイホー
レイホー レイホー
レイティレイホレイティー
昭和26年、私が高校3年生のときにはやった歌である。伊藤久男とは全く傾向が違う、軽快な灰田勝彦の歌である。この歌は、京都の円山公園音楽堂で聞いた記憶がある。確か、菊池章子も一緒で、「星の流れに」などを歌っていたが、公園の中の屋外では、「・・・こんな女に誰がした」は気の毒だった。そこへ行くと「アルプス」は環境庁スイセン。例のヨーデルで歌われれる「レイホー レイホー」のところでは、どないしたらあんな頭のてっぺんから声が出るのやと、なかばあきれてきいていた。
「山小屋の灯」と傾向を一にするが、「山小屋」が「暮れ行くは白馬か、穂高はあかねよ」と具体的な地名が出てくるのに対し、こちらは、一切地名抜き。アルプスの牧場てどんなとこやろと、中部地方の地図を眺めていた。そうか、ここが白馬で、穂高はここ。松本から電車が出ていて、終点が島々。なんでこんな山の中が「島々」やね、といつものようにへそを曲げていた。そこの奥の上高地の地名すら知らないころだった。
昭和30年、大学最後の夏休み。その前の年、上高地へ行って来た友人のHが、コダクロームで撮ってきた写真を見せながら、口ではいえへんぐらいエエとこやから、一緒に行こうという。8月半ば、京都から松本まで、夜行列車で蒸気機関車にひかれて出かけていった。冷房もない時代だったから、トンネルに入るたびに窓の開け閉めをしなければならない。ゆっくり眠ることもできずに、途中で買った週刊誌を読んでいた。「美ヶ原」の案内記事が目に入った。
きけば、松本から麓までバスが出ているという。上高地へ行く前にこっちへ行こう。ずっと後になって、こういういい加減なヤツが遭難事故を起こすのだと知ったが、そのときはのんきなもの。急遽予定を変更して、美ヶ原へ。行ってみてびっくりした。今と違って、ビーナスラインなどあるはずがない。およそ無限に続くかと思われるぐらいの草原に、牛や馬がのんびりしているだけだった。人工建造物といえば、例の「美しの塔」がぽつんと立っているだけ。
この塔には、尾崎喜八の
登りついて不意にひらけた眼前の風景に
しばし世界の天井が抜けたかと思う
やがて一歩を踏み込んで・・・・
と、「美ヶ原溶岩台地」の詩が埋め込まれているのだが、そんぽときはまだ尾崎の「お」も知らない。なんで、こんなところに、こんなけったいなものを建てたんやと、例によって例のごとく腹を立てていた。そのあと、嘘か本当か知らないが、霧で視界が悪くなったとき、この鐘を鳴らして人を誘導するのだときき、なるほどと納得した。
アンテナも何もない、本当の草原だけ。そんな時代だった。あいにく視界が悪く、槍・穂高の眺望もきかなかったが、それでも、これが本当の「アルプスの牧場」だと思った。ここでならどんなに大きな声を出してもエエやろうと、「レイホー」をやってみたが、牛が「モー」と鳴いただけだった。アホか。
■デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
■全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
■写真ステージ 「近江富士」 HP
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