2008年03月17日
野洲川から
■守山市立入町、JR琵琶湖線鉄橋上流左岸堤防上から見たところです。河川敷はグランドゴルフ場になっています。河床に生えている木と重なって見えにくくなっていますが、右手に新幹線の鉄橋が見えます。以前木が小さかったころは、この鉄橋が全部見えて、写真としては困っていたのですが、今は絵が作りやすくなりました。この木が大きくなりすぎると、今度は増水時に問題になります。世の中、すべてがうまくいくということは少ないようです。■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
46.立体音楽堂・1
昭和30年前後、NHKで「立体音楽堂」という番組があった。ものの記録によると、放送開始が1954(昭和29)年11月13日だという。第1放送と第2放送、2つの電波を使って、立体放送をしようというのである。なんとたいそうな名前を付けたものだと思うが、当時はまだステレオという言葉はなかった。いや、あったのかも知れないが、一般には使われていなかった。当時の本に、立体とは、タテ、ヨコ、タカサのあるものだから、立体放送という言葉はおかしい。いわゆる片チャンネルがモノーラルだから、2チャンネルはバイノーラルというべきだ。などという論説があったのを憶えている。
さてその「立体音楽堂」、確か、日曜日の午前11時開始だったと思う。「受信機を2つ準備し、向かって左側をNHK第1放送に、右側を第2放送に合わせた上、2つの受信機を結ぶ線分を底辺とする二等辺三角形の頂点でお聞きください。」という、幾何の授業のようなアナウンスがあって、その日のプログラムが始まるのだった。
そのころ我が家のラジオは、私が自分で組み立てた5球スーパーで、真空管・シャーシー丸出しのものだった。「5球スーパー」て何?。5級の間違いと違うのかといわれそうだが、間違いではない。「5球」は使っている真空管の数、「スーパー」というのは、買い物かごをぶら下げて、買い物をするあのスーパーではない。
スーパーとは、詳しくは「スーパーへテロダイン」。検波の仕方を示す用語で、ただ単に検波するだけでなしに、中間周波数に置き換えて検波する方式で、当時のラジオのスタンダードだった。と書いても私自身何のことかよく分かっていないのだから、これを読まれた方は分かるはずがない。とにかく京都なら寺町、大阪なら日本橋の電気屋へ行って、部品を買ってきて、配線図の通り半田付けしていけば、理屈は分からなくてもラジオは鳴った。当時の電気屋は、そういうラジオ少年で熱気にあふれていた。
そのラジオと、戦争中「中部軍情報」でお世話になって、そのまま物置でほこりをかぶっていた3球だったか4球だったか、世間ではスーパーでないという意味で、並3・並4と呼ばれていた旧式ラジオを持ってきてセットした。「スーパー」と「並」だから、その性能には如何ともしがたい差がある。こんなアンバランスではどうしようもないだろう。半分あきらめながら2つのラジオをセットした。
11時までは、当然のことながら別々の放送である。スーパーの方はきっちりと聞き取れるが、並のほうは、何か番組をやっていることは分かるが、内容までは聞き取れない。これはダメだろう、そう思いながら三角形の頂点で午前11時を待った。
この続きは、また明日。
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