2008年03月28日

竹の秋



写真拡大■いまから30年ほど前、野洲市南桜にあった竹林です。この竹林はいまもあります。しかし、残念ながら見る影もなく荒れ果てています。ここだけに限らず人手の入らない密集したものが多く、このように数本の竹を通して、向こうが見渡せるという風情はなくなりました。
  
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■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
   
 57.月光の曲(続)-------ベートーベン-------

 ベートーベン作曲 ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調『月光』、これが正式な名称である。昨日少し触れたように、小学校の国語(6年生前半)の教科書に出てくる話。いまの子どもたちは知らないのだろうか。教科書もいつまでも同じ内容でというわけには行かないだろうが、これは作り話ですよと注釈を入れて、取り上げたってかまわないのではないか。
 私などは、この作り話によって、「月光」を知ったのだが、別にだまされたとも思っていない。もちろんそのときは、月光の曲がどちらを向いていようと知ったことではなかった。しかしそれがどんな曲なのかと興味を持つたことも事実である。何かの機会にその曲にふれたとき、ああこれが作り話の・・・ということでいいのだろう。
 私は槍が岳を見て、ただの槍ではなしに、「燕岳に登る」に出てきたあの「槍が岳」だと感じた。何も知らずに見るのとは、受け止め方が全く違う。これが教育だと思う。

 『月光』というサブタイトルは、ベートーベンの死後、詩人レルシュタープが「スイスのルツェルン湖の月夜に、さざ波に揺らぐ小舟のごとし」といったのがはじまりだという。これがどこまで正しいのか私は知らないが、一応定説だから正しいとして、それならそれで、作り話を教えた上で、実はこれは作り話で、本当は・・・・。と教えればいいのではないか。だいたいサンタクロースにしても、かぐや姫にしても、みな作り話だろう。だから教えてはいけないというのはおかしい。

 いまの世の中、おかしくなったのは、ウソとホンモノの区別をつけられない人間が多くなったことによる、と私は考えている。ニュートンが、リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見した。これだって作り話だろう。いくらニュートンが天才だったとしても、リンゴで万有引力は無理である。しかしそれが作り話であったからといって、万有引力がウソかというと、けっしてそうではない。現に、毛利さんや、土井さんが宇宙空間へ行って活躍している。すべて万有引力の法則の上に成り立つ話である。盲目の少女の話が作り話だといって、ベートーベンの月光が駄作だということはけっしてない。

 明日出撃するという若き特攻隊員が、基地近くの小学校のピアノで、この曲を演奏した。数年前この話が話題になり、映画にもなった。特攻隊員の心情を思うと頭が下がる。創作なのか実話なのか、私にはよく分からないが、仮にそれが創作だとすれば、曲は何でもよかったはずである。ベートーベンの「熱情」でもよかったし、ショパンの「ノクターン」でもよかった。その中にあって、なおかつこの曲が選ばれたということは、この曲そのものに、伝説や物語の対象になる、そういうもって生まれたものがあるのであろう。しかし、それもこれも、すべては盲目の少女の物語、これに起因しているのではないか、私にはそう思えて仕方がない。



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デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
写真ステージ 「近江富士」 HP



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