2008年04月03日

ある晴れた日に



写真拡大■春の嵐、北海道では吹雪だとか。ここ2,3日の寒さから、やっと解放されそうな気配です。JR琵琶湖線野洲川鉄橋へ出かけてみました。写真を撮る立場からすると、川の流れの向きとカメラの方向とが直角に近く、撮りにくいところです。川が池のように見えてしまいます。水温むという感じを求めていったのですが、まだ少し早かったようです。

  
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■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
   
 63.春の祭典------ストラビンスキー

 
 大阪国際フェスティバルが、今年50回目を迎えるという。そういえば、1958年、昭和33年が第1回だった。きのう書いたように京都の勧業会館で、「ンダ」、「ンダ」と後ろからこだまが返ってくる「運命」を聞いていたころである。音楽のK先生が「大阪にすごいホールができたらしい。そこへストラビンスキーが来るそうや」という。それがフェスティバルホールで、催しが大阪国際フェスティバルだった。

 「オーケストラはN響、"春の祭典"をやるんや。いかへんか」。ストラビンスキーが来て、N響を相手に自作の"春の祭典"を振る。それがどんなにすごいことか、いまなら分かる。いまならさしずめブーレーズというところか。そのブーレーズがしかるべきオーケストラを相手に振る。そこまでは分かる。しかし自作の何を振るのかというと、私にはすぐには思い浮かばない。そんな大事件である。命を質に入れても聞いておいて損はしない。いや損得の問題ではない。一生の宝になろう。

 しかし、そのときの私には、その大事件を読みとる力はなかった。ストラビンスキー「春の祭典」、初演は1913年。以来100年近く建ったいまでこそ、現代音楽の古典としてすっかりスタンダードナンバーになったが、そのころはまだ初演後40年、ましてや音楽を聴きだしてたかだか数年の私には荷が重すぎた。しかしそれは表向きのこと。毎月毎月の小遣いのほとんどすべてを、次のレコード代につぎ込んでいた。全部払い終わる前に次のを「貰って」来るのだから、アリ地獄である。演奏会どころの騒ぎではない。

 さらにテープレコーダーがほしくなった。もちろん買ってきてすぐ録音できるようなテープレコーダーは買えるはずがない。雑誌で調べてみると、デッキだけを売っている。要するにテープを走らすメカだけを買って、あとのアンプ部分は自作すれば、テープレコーダーになるのだという。アンプを組むだけなら5球スーパーと大差ないだろう。よしこれや。といっても少なくとも何万かはする。

 そんな騒ぎの中でのストラビンスキーだった。巡り合わせが悪かった。「やっぱりよかったで。赤い絨毯に赤い椅子や。ストラビンスキー、感激したで・・・」。K先生の土産話に黙って聞くしか手はなかった。返す返すも残念な「春の祭典聞かざるの記」である。
 



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デジカメ わいわい村「とれとれ作品集」
全国ふるさと富士サミット講演録 『谷文晁が見た三上山』
写真ステージ 「近江富士」 HP

 




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