2008年04月14日
内湖の桜
■草津市平湖畔のサクラ。対岸には横一列、見事に咲いているのだが、手前の木を入れようとすると、この程度の並びとなる。むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。
■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
74.交響曲第9番「合唱付き」---------ベートーベン------
昭和35(1960)年4月29日、京都会館が落成した。そのこけら落としの演奏会。京都市交響楽団、ベートーベンの第9交響曲。指揮カール・チェリウス。音楽ホールのなかった京都に本格的なホールということで話題になった。六角形の不思議な形をしたホールで、天井から六角形の反射板がたくさんつるされていた。
京都新聞社編。「京都楽壇史点景」(人文書院)によると、こけら落としの一連の演奏会に、ボストン交響楽団を率いて来館したシャルル・ミュンシュは、ホールが響きすぎるとの指摘をして、例の反射板をもっと下げた方がよいとアドバイスとしたといわれている。最初は純然たるコンサートホールとして設計されたが、講演会もしたい、芝居もやりたいと、様々な注文が入り、結果的には中途半端な多目的ホールに変わっていったという。そうはいうものの、それまではヤサカ会館が中心で、時には岡崎の京都アリーナが演奏会に使われていたことを考えると、まさに夢が叶ったような思いだった。
合唱は京都市民を中心とする600名の合唱団。独唱、伊藤京子、市来崎のり子、柴田陸睦、中山悌一。曲が終わって涙を流している合唱団員もいたりして、感動的な演奏会だった。
以下、「京都楽壇史点景」による、京響発足当時の様子(要約)。
昭和30年6月、ドイツから一人の音楽家がやってきた。カール・チェリウス、47歳。チェリウスは市立音大客員教授と市立オーケストラの指揮者を兼務するつもりだったが、オーケストラは影も形もない。チェリウスは、当時の高山市長にオーケストラ創設を訴える。これに応じる形で、翌31年、交響楽団を結成する。オーディションで採用された38名のうち、プロのオーケストラの経験者は数名。まさにチェリウスのオーケストラ学校だったという。
以来4年目の第9である。その間、京響というとハイドンやモーツアルト。京都アリーナで東京芸大オーケストラ(指揮:金子登)の演奏で第9を聞いたことはあったが、正式なホールで聞くのはこれが初めて。やっとここまで来たか。拍手が絶えない夜だった。
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