2008年04月18日

菜の花畑



写真拡大■守山市新庄。広い旧河川敷のうち、ほんのちょっとだけの菜の花畑だが、黄色は強い。遠く離れていてもすぐに目につく。

 
  むかし語り音楽夜話索引を作りました。バックナンバー検索にどうぞ。


■むかし語り音楽夜話
--------わたしの名曲迷選(軍歌からベートーベンまで)--------
   
 78.交響曲第6番「悲愴」----------チャイコフスキー---------

 昭和37(1962)年3月。飛騨側から西穂高山荘まで登った。現在は新穂高から西穂高山荘のちょっと下までロープウエーが通じている。いまから50年近く昔の話であるから、もちろんロープウエーはない。

 その年の2月ごろ、先輩のAさんが「3月に西穂高へ行こう」という。Aさんはレコードの先輩だが、山はボクが先輩。比良山から始まって、槍へ行き、穂高へ行った。しかし3月の西穂高である。「それは無理でしょう。山は冬ですよ。そんなところへ素人が紛れ込んだら大変なことになる」。「大丈夫。いとこが仕事の関係で近くにいるので、案内してやるといっている」ということで、冬山装備一切合切全部借り物で雪の西穂高へ(といっても山荘までだが)登ることになった。

 山に入るまでの余談だが、高山線の列車が遅れて、思わぬことで夕暮れ時、神岡の町で1時間ほどを過ごすことになった。いま思うと、神岡鉱山華やかなりしころだったのだろう。鉱山の煌々たる光、山の中に突然都会が出現した感じで、パチンコ屋、喫茶店、洋品店、バーetc、都会にあるものはみなそろっていた。これが、神通川流域のイタイイタイ病につながり、一方その跡地がカミオカンデとなって、ノーベル物理学賞につながるのだから世の中は不思議である。 

 さて、一行はくだんのいとこさん・Bさんと地元の方2人の計5名。朝のうちは若干晴れ間もあったが、登り出すとすぐに吹雪になった。西穂高山荘は半分以上雪に埋まっていた。雪の中から煙突が出て、薄い煙が揺れていた。トンネルをくぐって中にはいると、小屋の中は真っ暗。何も見えなかった。ストーブの中で木が燃えるのが唯一の光。その中でじっと座っているのが仕事だった。

 翌日も雪は止まなかった。外も見えない完全な穴蔵の中でただ座っている、ただだけのことに精神力が必要だった。冬山で幾日も沈殿していたと聞くことがあるが、なんと凄い精神力だなと思う。小屋番は若い青年だったが、「この雪は当分続きますよ」という。常識では春の雪だから長くは続かないと分かっていても、自信ありげにそう断言されるとそうかなと思う。午後も少し回ったころ、結局きょうのうちに下ろうということになった。

 長い千石尾根を下って、蒲田川沿いに出たときは日もとっぷりと暮れ、暗褐色の闇が迫っていた。ほとんど民家も見えない川沿いの道をいくとき、チャイコフスキーの悲愴のメロディーが思われた。第1楽章の第2主題。アンダンテのメロディーである。

 レコードを集め出したころ、例のS屋レコード店の店頭に黄金色の葉っぱをつけた白樺が林立するジャケットが飾られていた。その写真に惚れた。曲よりもジャケット優先でそれを買ってきた。曲はチャイコフスキーの4番だった。第1楽章の冒頭から、運命の動機とかいう派手なラッパが鳴るやつである。昔のことで記憶も怪しいが、たしかロジンスキー指揮、NYフィルだった。
 最初は面白いなと思って聞いていたが、そのうちに嫌気がさしてきた。理由は分からない。アメリカのオーケストラがロシアものをやる違和感かなとも思ったが、バーンスタイン・NYフィルのショスタコービッチなどはすんなり聞ける。まあ、理由はとにかく、坊主にくけりゃ袈裟まで憎いのたぐいで、チャイコフスキーが嫌いになった。

写真拡大 そのチャイコフスキーのメロディが浮かび上がってきた。いまも「悲愴」を聞くとあのときの暗褐色の風景がよみがえってくる。

 京都へ帰ってすぐにS屋へいった。いまなら、ちょっと大きな店へ行けば、同一曲でいろいろな演奏のものがおいてあり、それを選ぶことができるが、当時はそういう自由は利かなかった。それをやろうとすれば、事前に予約なりが必要で、飛び込みで行ったのでは、そのとき店にあるのを貰ってくるだけであった。そのとき店にあったのが、ジャン・マルティノン指揮、ウイーンフィルの盤だった。

 マルティノンは戦後早い時期に来日した。Aさんはマルティノン・N響で「幻想交響曲」を聴いたというのが自慢だった。そのAさんもいまは亡い。

 
■焼酎JAPAN”近江富士”バージョン。おかげさまで完売間近とのことです。ボトルの小窓に私の写真が見えます。一石二鳥、飲んだあとボトルは飾りに使えます。


花緑公園ふるさと館デジカメ教室 5月10日(土)


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