民家の構図・解決編

5月19日にUPした「民家の構図」の解決編。19日にアップした写真は左右に余計な物が入っている。それをカットして画面の縦横比を3:4を保持しようとすると、上下が詰まって窮屈になる。上下の圧迫感を押さえたのが、きょうの写真。これでもまだ窮屈だけど、まあ何とか辛抱できるというところ。
遠くのものは自分が動く方へついてくる。走る電車から見る風景は近くのものは後へ動くが、遠くの山はついてくる。それを上下方向に利用する。こういうとき、立てば山は高くなり、しゃがめば低くなる。立ったままで撮ったもの。中腰で撮ったもの。バリアングルファインダーを使って地面すれすれで撮ったもの。これが上の写真。蔵の上に見える山腹の黄色い点(新緑)の動き(蔵に対する位置)を見るとよく分かる。
写真ステージ 「近江富士」
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菩提寺山と並ぶ

長寿寺から養護学校の方へ下る。ときどきこのように家と家の間から三上山がみえる。右に大きく見えるのが菩提寺山である。ここから野洲川を渡り右岸へ移動すると、中郡橋あたりで三上山は菩提寺山の後へ隠れ、野洲川の右岸、たとえば1号バイパスのあたりへ出ると、菩提寺山の右に顔を出す。
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水車小屋

じゅらくの里の水車小屋である。三上山と同じ画面に納めようとすると、小屋の奥から水車の一部が見えるだけである。たとえば、今手前にツツジが見えている面に水車があるとずいぶん絵が変わる。さらに小屋全体がもう少し小さく見えると絵になる(カメラが後退出来れば解決する)。
今これを変えようとすれば、大変な費用と労力が必要になる。しかし、公園を設計する時点で、周辺の山も視野に入れていたら、もっと自然にとけ込んだ豊かな風景が作れたはずである。設計者に求められるのはlandscape的視野である。
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じゅらくの里

石部、じゅらくの里。1990年代の後期、長寿寺近くの斜面を切り開いて造成工事が行われていた。聞けば公園が出来るとのことだった。その下手に続く道路公団緑地技術センター敷地内の一本の木が大量の実をつけた。木は環境が激変すると子孫を残すために普段より多くの実をつけるという言葉を思い出し、これがその例かと驚いたものだった。
以来、10数年を経てその斜面はめっきり公園らしくなった。山手の高所に上がると林の向こうに三上山が見える。
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民家の構図

野洲市三上の民家。私が三上山の写真を撮りだした1976年以来、この風景はほとんど変化していない。これほど変わらない風景も珍しい。しかし100%安泰かというと必ずしもそうではない。現にこの写真の左右に気になるものが写っている。左右を詰めたらいいのにと思われた方も多いはず。
私は永年の印画紙とのつきあいから、いまの縦横比2:3の横長のサイズ(かつてのライカ判の縦横比24mm:36mmが源流)がどうにもなじめない。ということで、縦横比3:4を使っている。上の写真もその比率である。だから縦横比を保ったままでさらに左右を詰めると上下が窮屈になる。実はこの写真、エエかげんに撮って来た写真を適当にトリミングしたものである。これを安定した絵にするにはどうするか。改めて天気のいい日に撮り直し、解決編は後日。
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広い田圃

もう1つ、昨日と同じ場所。細かいことをいうと、10数m左へ寄っただけ。自転車道入口を越えて、すぐ下の田圃を前景にした。この画面でいうと右上が自転車道。目の前は一見川の流れに見えるが、これが田植えを終えたばかりの田圃。ちょっとした移動でこれだけで風景が変わる。
位置が変わったかどうかは、遠景を見比べるとすぐに分かる。この画面では、三上山の下に白い建物が4つ、5つ点々と見える。昨日の写真にもそれらが同じように見える。これで両者の撮影位置は、おおまかにいうと変わっていないことが分かる。
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自転車道入口

家棟川河口。昨日とほとんど同じ場所である。家棟川の右岸(下流に向かって右側)のサイクリングロード入口である。その入口の標識は、当然入っていく人を対象につけられているはずだと思うが、ここは不思議なことに入口から出ていく人に向かってつけられている。ということで、これから入っていこうとするものにとっては全部裏向きになるという不思議な標識である。もっともここを自転車で走ってる人は未だかつて見たことはないが。
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家棟川河口

きのうの日野川河口から近くの家棟川河口へ回ってみた。湖岸道路経由で2Kmほどの距離である。大して時間がかかったわけでもないのに、空が白くなり、ぱっとしない風景に変わっていた。
今から30年数年前まで、ここに大きな水門があったこれが当時の写真である。今は水門はなくなっているが、当時の場所に記念案内板が立っている。
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