初夏へ

南桜の農地に水が張られていた。そして、濃い緑の山肌に混ざる新緑、すっかり初夏の装いである。今年は季節の推移が早いといわれる。しかしこの風景は、季節の推移とは別の話。全山常緑樹の山肌に落葉樹が混ざり始めて何年になるのだろうか。少なくとも40年前にはなかった風景である。このまま進めば全山黄葉の山に変わることもないとは言い切れない状況である。
そして、そこに遅咲きの桜が混じる。天国もかくあろうと思われる風景だった。
◆忘れていた話 昨日(4月16日)、クルマの中で聴いていた”クラシックカフェ”が終わって、そのあと4時までの間、”名曲スケッチ”だったか、短い5分ものの曲が2本流れる。そこで思わぬ名前に出会った。「巖本真理さんのバイオリンでシューベルトのピアノ五重奏曲”ます”」。ピアノ五重奏曲ならピアニストの名前が出てきそうなものだが、そのときのアナウンスは確かに巖本真理といった。しかしいまはそんな話ではない。
巖本真理のバイオリン。これが私が生まれて初めて”観た”音楽だった。昭和29(1954)年秋、理科助手として勤めていた大谷高校の創立80周年記念行事の一つとして彼女の演奏会が開かれた。いまと違ってラジオだけの社会である。日常生活で音楽に接するのは、学校の音楽の時間に担当の先生が弾くピアノが精一杯。そんな環境の中での一流バイオリニストの”演奏”、それを”観た”のである。私の生涯の大事件だったといっていい。これを『昔語り音楽夜話』に入れることも忘れていた。間抜けた話である。
曲目は何も覚えていないが、バッハのシャコンヌ。バッハの名は知っていたが、シャコンヌて?と思ったことが記憶の彼方にある。しかしそんなことはどうでもよい。曲と曲の間のチューニング。神業を見る思いだった。バイオリンを肩と顎に挟んで、左手で弦を締めなおして、2本の弦を同時に小さく鳴らす。それを息をひそめて観ていた記憶がある。彼女は1926年生まれという。演奏会のころは28歳前後だったはず。若さできらきらしていたはずだが、その記憶もない。ただただ神業を”観る”だけで精一杯だったのだろう。
写真ステージ 「近江富士」
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