霞む三上

28日に「ジャンプ台」として見てもらった由良谷川の工事現場の少し上手の桜並木である。このときの撮影が24日、サクラは少し色づき始めていた。いい風景だけど、これをこのまま使うこともなかろう。咲いた時にもう一度撮ればよいとそのままにしておいた。
そして、もう咲いたころかと出かけたのが29日。この好天が続きだして4日目だったか、5日目だったか。 空気の透明感が悪くなっているのは分かっていたが、これが劇的によくなるのは雨が降らなければだめだろう。それが望めないならば、だましだまし何とかごまかすしか仕方がない。
山はかろうじて見えた。しかし力が弱い。ちょっとでも大きく撮らなければ。同じ場所に立って、前回のものに比べてレンズがやや長いのはそのためである。
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三分咲き

甲西大橋、旧甲西町域の野洲川に架かる何本かの橋の中でいちばん下流に位置する。その左岸下流側に草野球なら2面は楽にとれるぐらいのグランドがある。地図を見ると”野洲川運動公園”とある。そのふちの堤防に咲いていたサクラである。現場では結構咲いているように見えたが、こうして写真にして見るとまだ3分咲きというところだろうか。
見えている範囲は野洲川河川敷、建物は何一つない。市街地の中としては珍しい風景である。三上山の左がいうまでもない菩提寺山。右、ちょっと離れて盾を伏せたような天山、そこからに伸びる低い尾根が十二坊のすそ。その途中に小さく左に傾いた台形、これが城山。こちらから言えば希望が丘の奥という勘定になる。
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カキの木地蔵

1980年冬撮影のカキの木地蔵。この場所がいま工事中の8号バイパス予定地のまん真ん中にある。標題写真がその場所。かつての日通倉庫の横から農道を進む。今までならそのまま進めば地蔵さんの前へつながっていたのだが、いまはバイバス予定地と斜めにクロスする。ちょっと分かりにくいがオレンジ色の案内板の後ろに続くフェンスがそれである。いまはこうして予定地の中へ入って行くが、その中で見えるブルーの水門とクランク状の水路がその場所を特定してくれる。
工事が始まってカキの木が切り取られた状態(2016年2月)。右前方に見える杭が予定地の境界線。が地蔵さんが移転(2016年3月)。手前のコンクリートのボードが目印。このボードが標題写真に見える。ちなみに地蔵さん側から見た水門と水門側から見た地蔵さん(2016年2月)をどうぞ。
なお、1980年ごろにはこのコンクリートボードがなく、そこが細い溝だった。まん悪く、そこが私が持っていたレンズで見たカメラの位置に当たっていた。両足を広げて川をまたいだり、時には長靴で溝に入ったり、いろんな思い出のある場所である。
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ジャンプ台?

右上の菩提寺山と三上山のコンビに気がついてもらえるかどうか。湖南市夏見、由良谷川改良工事現場である。山地から平地へ出ていくところ。従来は天井川となって、旧東海道やJR奈良線が堤防の下をトンネルでくぐっていた。それが今回の工事で一気に東海道の下をくぐる(東海道が橋で渡る)ことになる。結果、高低差が大きくなり、スキーのジャンプ台を思わす勾配になっている。しかし、構造的にジャンプ台と異なるのは、その部分に水流の加速を抑える出っ張りが並んでいることである。
実はこの現場へは、去年の2月に訪れていた。いま見てもらった標題写真の手前に当たる水平部分(現在の様子)の工事が始まっていた(昨年の様子)が、もう1本、両岸が階段状になった水路が作られていた。てっきり水辺公園になるのかと思っていたのだが、今それを見ると現場を迂回させる臨時のバイパスであったことが分かる。
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モヤにかすむ

連日の好天でモヤが多くなった。逆光の中に三上山が白くかすむ。こういう状況に出くわすといつも思いだす1枚がある。三上山を撮りだす前だったか後だったか。富士山写真の大家・岡田紅陽の『富士』の中の1点 ”すすき”である。まばらなススキの穂を前景に、うっすらと見えるか見えないかの富士がかすんでいる。こんな写真を撮りたい、以来40年を越えた。
当時に比べれば写真ははるかに簡単になった。レンズはちょっとひねれば写角は自由。撮った写真をその場で確かめられる。具合いが悪ければ調整しなおせばいい。それでいてあのときに見た”見えるか見えないか”の富士は撮れない。今の私たちはどうしても機械を頼りにする。その結果どうしてもあの写真のようなものは撮れないと。大事なことはその状況を探しだすことである。
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モクレン

何回か撮っている北桜のモクレン、開花直前である。さくら墓園から道路を挟んだ向かい側の道端に咲いている。前後に別の木があり左右は生垣と道路という撮りにくい場所である。前後の木さえなければもう少し何とかなるのにといつも思う。そんなことで標題写真は2本生えているモクレンの木の間に割り込んでワイドで撮ったもの。もう1枚、道路を挟んで反対側から望遠で撮ったものをどうぞ。
TVではどこそこの桜が満開だとやかましい。当地ではまだ咲かない。でも例年よりは早く咲くのだろう。で、このモクレンは?。確か昨年も撮っていたので調べてみた。撮影が4月4日、UPが6日だった。今回の撮影が昨日(25日)だから10日ほど早いようだ。
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丸1年

野洲川北流旧堤防上から見た市三宅。梅の花が咲いている。去年の今ごろこの堤防の集落側斜面が整備され、そこに生えていたケヤキの木も一緒に伐採されてしまった。念のために調べてみたら、なんとそれをUPしたのが去年のきょうだった。実際の撮影日は3月20日だったが、要するに去年の今ごろだ。ケヤキの木まで伐採されたのは残念だったが、竹藪が消え風景が広くなったと喜んだ。
がしかし、夏にはまたタケが伸びだしてきた。その生命力に驚き、これはうかうかしておれない。定期的に撮っておかないとまた元の風景に戻ってしまう。その後何回撮ったかきっちり調べてはいないが、とにかくこれでまがりなりに1年間の記録はできたことになる。その丸1年を記念してのウメの花である。
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咲いていた

今年のサクラ。場所は川田大橋左岸下流側の公園。私はあまり意識していなかったのだが、通るたびにシャチョウが「ここの桜は早い」といっていたところである。撮影は一昨日、3月22日の午後。野村町の古い写真を引っ張りだして、”もう咲いたのかと驚かれるかもしれない”などと半分冗談のようなことを書いたその日、ほんまに咲いていたのである。花の様子を見ると、2,3日前から咲きだしていたものだろう。
1970年、滋賀県へ引っ越してから40数年になるが、一番早いサクラのはず。天気も悪いし、絵もむちゃくちゃ。とにかくその日に咲いていたといいう記録の1枚である。
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