神がくれた一枚

チャンスをつかみかけると大概の場合、神さんが出てきて邪魔をする。そんなことで、神さんほど意地の悪いヤツはこの世の中にいないと考えている。ところが忘れたころにそのかみさんがニヤッと笑うことがある。
南桜ザクラのいつもの所へ行ったとき、全体は曇っていたのでもう帰ろうと思ってふと見上げたその時、ピークの右側だけに細く剣の先のような光が当たっていた。今まで見たことがない山のひだである。それが微妙に変化していく。もう1枚。あれは3年ほど前だった。激しい雪しぐれの後、淡い光の中でこのひだを見たとことがある。ただしそのときはいまよりは200mほど右だった。標題写真で右側の木と木の間に見える鉄塔が、雪の写真では画面の真ん中に見える。今回(標題写真)は雪の時に比べて左へ寄った分、ひだが細くなった。神さんがくれた一枚。
写真ステージ 「近江富士」
■近江非名所全集
■滋賀を歩けば


ついでの一枚

野洲市辻町、JR野洲電車基地沿いに石屋さんがある。そこの資材置き場に石灯籠が2基並んでいる。柱の部分がやけに太い妙な形だが、どこかの庭先で一度見たことがある。こういうスタイルもあるのだろう。特に左側、どこに火を入れるのか。ひょっとしたら灯籠ではないのかもしれない。そこのところは全くの素人で基礎知識がない。ぎおう教室へ行くたびにその前を通る。気になっていたが、ついつい通り過ぎるのが常だった。
きのう見てもらった「浅はかな一枚」を撮った後、その灯籠を思い出した。田んぼの中の小道を行くと100m足らず。意外と近くだった。しかし山に近い。100mの移動は大きかった。「浅はかな」では、和服の襟元を見るような組み合わせだったが、こちらではそれが大きく崩れて、妙光寺山の向こうに三上山が見える構図になっていた。それだけならいいのだが、妙光寺山の左角(三上山の左に見える小さなピーク)が自己主張をする。灯籠よりもそちらの方が気になる。難しいものだ。
「そこまで来たついでにちょっとお寄りしました」。・・・よく聞くし、よく使う。便利な言葉である。しかし中身はない。そんなことで、”ついで写真”はアカンと常々思っている。これはまさにそのついで写真の典型である。
写真ステージ 「近江富士」
■近江非名所全集
■滋賀を歩けば


浅はかな一枚

その日は朝から薄日が差したり陰ったりする天気だった。午前11時ごろだったか。所用でJR電車基地横の道路を走っているとき、三上山がいつもとは全く異なった色を見せているのに気がついた。薄日が差しているときで、淡いライトブルーとでもいえばいいのか、透明な明るい色で霞がかかった空の色と溶け合うように見えた。カメラを持っていないことを悔やんだ。片道5分、いくら早くても往復には10数分はかかる。いつもの経験からして絶対無理な条件である。しかしそのときは、”絶対無理であった”ことをこの目で確かめたかった。
とって返す途中、その昔野洲から伊吹山が見えるのを確かめて、これならと立木山へ急いだときのことを思い出した。そのときは幸いにも伊吹山は見え続けていた。しかし、今度は違う。現場へ戻ったときには、予測通りもういつもの色に戻っていた。伊吹山の一件のときはある程度安定した気象条件の中にあった。しかし、いまは違う。全くローカルな一部地域の現象である。そんな特殊な条件がだらだらと続くはずはない。それがいつまでも続くなら、それはもはや特殊ではない。さっきのあの色は何だったのかと、あきらめきれない凡人の浅はかな一枚である。
写真ステージ 「近江富士」
■近江非名所全集
■滋賀を歩けば


朝焼け

カメラのプロパティによると撮影日は2月13日となっている。確かこの日は終日雨模様の予報が出ていた。ふと外を見ると三上山の左の一角だけが赤く焼けていた。日の出前後の一刻だけ赤く焼けるいわゆる朝焼けである。大概はそのあと雨になる。もう50年近くの昔、北陸線高岡あたりで立山連峰の上にこの朝焼けを見た。糸魚川経由で大糸線に入りC56にうつつを抜かしていた時に雨となり、穂高の碌山美術館に入ったころには大雨になっていた。
話を戻して、我が家から撮影現場まで、いくら頑張っても2,3分はかかる。何度も書いたが、そのあいだに風景が変わる。このときも雲の赤みが減っていた。撮影は追いかけてはダメ、分かっているのだけれど。そうして撮ってきた気が抜けたようなデータをトーンカーブでひねくり回して・・・・。何ぼやってもあかんものはアカンのだけれど。
彼岸を過ぎて、このあと太陽はぐんぐん左へ回る。緊急発進で日の出が撮れるのもこれが最後だろう。
写真ステージ 「近江富士」
■近江非名所全集
■滋賀を歩けば


雪の比良・結

野洲川左岸を走る国道旧1号、三雲西交差点を南へ折れて草津線と交差するところである。ここも雪の比良のポイントだった(2009年1月撮影)。しかし最近は旧1号沿いに建物が建ちだし風景が崩れかかっていた。これは昨年・2025年2月の撮影。多分倉庫かと思うが、大きな白壁でほぼアウトだった。今回、念のためと思って行ってみると、OMEGAというでかい建物が横たわり、その上にわずかに比良山が見えるだけ。OMEGAのさらに右に一昨年の白い倉庫の左半分が見える。
たしか踏切を渡った向こう側に公園風のスペースがあったはず。と、踏切を渡り終わったところで警報機が鳴りだした。見ると大砂川堤防のトンネルをくぐってこちら側へやってくるところ。細かいことを考えている暇はない。適当に場所を決めてそのまま連写のスタート。標題写真はその中の1枚である。右のOMEGAは小枝で隠し、左の雑物は電車で隠し・・・・これはもう雪の比良とは言えない。
■余談 手持ちの連写で、撮ったままのデータをそのままスライドショーにかけると、上のように画面があっちへ行ったりこっちへ行ったりする。画面内でポイントを決めて化粧断ちをすると揺れは目立たなくなる(必見)。
写真ステージ 「近江富士」
■近江非名所全集
■滋賀を歩けば


雪の比良・4

これもおなじみ三雲・大日不動の石段からである。この場所と出会ってからもう20年になるが、そのころは手前に写っている住宅はほとんどなく、撮影位置も石段を下りた畑の畦道を左右できた。裸のままの桜の木を前景に、結構自由に絵を作れたが、今はそれができなくなった。住宅地の電線が邪魔をするのである。今も高圧線が入っているがそんな比ではない。三上山にも比良山にも太い電線が入ってくる。上下に張られた電線の隙間から望遠でという構図である。
ここ2,3日の写真で分かってもらえるはずだが、左に菩提寺山があり、その裾から三上山が見えるところである。三上山の右上の雪の峰が蓬莱山。右下の鉄塔が邪魔になる。もうちょっと左へ寄りたいところだが、石段の中ほどに立つ照明灯の支柱にカメラを押し付けての手持ち撮影、左右の移動もままならないのがつらいところである。
写真ステージ 「近江富士」
■近江非名所全集
■滋賀を歩けば


雪の比良・3

新生橋。名前はそっけないが、湖南市北部の工業団地と野洲川左岸を結ぶ県道13号の橋で、この付近で野洲川に架かる橋としては一番新しい橋である。右岸の岩根交差点にはイオンタウン湖南が開かれ大きく変貌しつつある。歩道は下流側だけだが、さいわいい三上山を撮る立場からはあり難い構造である。が、左右バランスの取れた絵にしようとすると、左岸に建つ大型倉庫などが邪魔になりどうにもならなくなる。何かで隠そうとするのだが、なんせ場所が橋の上で手が出ない。
と、ここまで書いて来て、橋の上流側に立って(歩道がなく気楽な撮影ではないのだが、50cm余りの路側帯はある)、左からやってくるクルマでその部分を隠したらどうかと、姑息なことを思いついた。どんな絵になるか、クルマの種類にもよるし、色にもよるが。多分今年はダメだろうから来年ということになる。それまでこのしょうもないアイディアをおぼえていられるかどうか。もっともそれまでこの世にいるという大前提をクリアーできての話だけど。もう1枚(2014年1月撮影)。
写真ステージ 「近江富士」
■近江非名所全集
■滋賀を歩けば


雪の比良・2

甲西大橋。昨日の写真で写っていた橋である。ただしアーチ形の橋ではない。これは水道橋。甲西大橋はそれの下流側にある普通の橋である。右岸に甲西北中学がある。左岸から右岸へ渡りそのまま直進すると十二坊山南端を越えて、甲西工業団地に達する。
標題写真はその左岸側から下流を見たもの。河床原が見えるだけで流れそのものは見えない。もう少し右へ進み橋の半ばを越えると、流れの一部が見えてくる。それはいいのだけれど高圧線の鉄塔がアップされ、送電線そのものも無視できなくなる。さらに進んで左岸近くまで行くと何とか逃げられるが、そこまで行くと例年と同じ絵になる標題写真もよく見ると送電線が見えてはいるのだが。
左に見えるのが菩提寺山。右が天山である。三上山との間の低い山が妙光寺山。その向こうに比良連峰が見えるという構図である。
写真ステージ 「近江富士」
■近江非名所全集
■滋賀を歩けば

